「……すまない」

「いえ、行ってください」

 晴臣さんは私の髪をひと撫でしてから、名残惜しそうに立ち上がる。

「何かあればそこの電話を使って。お腹が空いてるなら朝食をここへ運ばせてもいい」

 備え付きの電話を示す。改めて室内を見回すと晴臣さんが滞在するだけあり、豪華な仕様。ベッドがキングサイズであるのも今気付き、差し込む朝日で生活基盤の違いが浮き彫りになる。

「遠慮しなくていいから」

「はい、ありがとうございます」

「……いってきますのキス、していい?」

「飽きないんですか?」

「飽きる? 奈美の唇に飽きる事なんて一生ないと思うよ」

「またそんな風に」

「本気」

 軽く触れるだけに留め、晴臣さんは部屋を出ていった。去り際にウィンクをして軽く手を振る。

 坂口さんが仕事上のトラブルでやって来たのか定かじゃないが、坂口さんの訪問は私にプレッシャーをかける意味もあるのは明白だ。

 私は二人が遠のくまで動かず、気配が消えた途端に身支度する。このままシャワーを浴びず、朝食も取らずお暇する。

 何かメッセージを残そうかと過るものの、ありがとうやさよならじゃ気持ちを伝えきれない。かといって最後の最後まで謝りたくなかった。

 晴臣さんが私を抱いた事を後悔しようと、私はしないから。だから謝らない。

 こそこそ船を降りれば、濁った海と澄み渡る空の対比に挟まれた。