この痛みが花梨ちゃんの未来を潰してしまったものと別の痛みと気付いていながら、知らない振りする。

 メイクとドレスによる魔法が解けた私はそうしなければ『結城奈美』という、彼がファンと言った形を保てないから。



 身体を清め終え、用意されていた自分の服に着替えるとノックが響く。てっきり西園寺氏がやってきたのだと勘違いし、慌ててドアを開けるとーー。

「こんばんは。西園寺の秘書の坂口と申します」

 彼が秘書であるのは承知していたが、名前は知らなかった。つられて私も名乗る。

「結城奈美です。スキューバダイビングのインストラクターをしています」

「はい、存じ上げてます。突然お邪魔してしまい申し訳ありません」

 今更の自己紹介に坂口さんは目尻を下げて頭も下げてくる。

「私こそ、ご迷惑ばかりお掛けして本当に申し訳ありませんでした。どうお詫びすればよいのか」

「謝罪は結構ですよ、西園寺は気にしておりませんので。あ、いや、気にしていないと言うのは誤解を生みますか。西園寺は結城さんがご無事で安心しております」

「お気遣いありがとうございます。それで西園寺さんは?ーーって、立ったままお話するのはいけません。私の部屋ではありませんが中へどうぞ」

 ドアを大きく開こうとしたが、坂口さんはその行動をやんわり制止。

「いえ、せっかくですが遠慮します。こんな夜更けに結城さんと密室で二人きりになったと西園寺が知れば、私は職を失ってしまう」

 本気とも冗談とも受け取れる表情をしてから微笑む。