「やめてください!」

 明らかに胸元へ触れようとした仕草をバッグで叩き落として踵を返す。

(あっ、いけない。花梨ちゃんにこんな醜態を見せられない)

 より人気のない方向に進路をとる羽目になるが、彼女の憧れの姉を演じたいプライドが勝る。
 そしてーーこの選択も非常にまずかった。

「ついて来ないで下さい。お話する事はありませんので」

「俺さ、芸能プロダクションに知り合いが居るんだよ。結城さんを紹介してあげてもいいんだが?」

「ですから興味はないと申し上げました」

 仲裁に入ってくれる人もなく、つきまとわれてしまう。ついには正面へ回り込み、地団駄を踏み始める。

「生意気な女だな! お高く止まってるんじゃないぞ!」

「そんなつもりはありません」

 と、船が揺れた。

「ーー! っ、うっぷ」

 男性が腹部を抑えて吐きそうな構えをする為、仕方なくハンカチを取り出す。
 ただ西園寺氏のを出してしまい、自分の物に取り替えようとした際、掻っ攫われた。

「あ、待って、それは!」

「うるさい、ハンカチ一枚でガタガタ言うなよ」

「せめてこちらを使って下さい」

 また大きく揺れ、バランスを崩し男性へ寄ってしまう。間近で男性が口角を歪める音がする。

「なんだよ、その気なら最初からそう言うよ。こっちに来い!」

 男性は船内に詳しいのか、私を引き摺り奥の部屋へ連れ込もうとしてきた。

「嫌! 止めて、離して!」

 これには全力で抗うが、雨と風のせいで掻き消されて助けはやってこない。