母の病室へ向う中、待合室のテレビが付けっぱなしなのに気付いて足を止めた。

『西園寺グループの軌跡』と銘打ち、前社長つまり西園寺氏の父親に関して語られている。現役を退く運びとなり、改めて敏腕な経営手法が紹介していた。

 私は画面へ吸い寄せられ、内容に耳を傾ける。

 そしてーー前社長が身に着けていたブローチを見て息を飲む。

『前社長は大事な場面では“人魚の涙”と呼ばれる装飾品を付け、こちらは初恋相手との思い出の品だそうです』

 情報が付け足されるや否や、駆け出す。何故なら“人魚の涙”に覚えがあったから。

 ノックも無しにドアを開き、幾つか飾った写真立てを確認する。家族や島民等との集合写真、それから母が若かりし頃の一枚に目当ての物を発見した。

 記憶が確かならば“人魚の涙”は対になっており、一つは西園寺前社長、もう一つを母が持っているはず。雫型をしたデザインが特徴的で母はとても大事にしていたのを覚えている。曰く、初恋の人がプレゼントしてくれたらしい。

「……西園寺さんのお父さんが、わたしのお母さんの初恋相手なの?」

 奇妙な偶然を口に出したら、これが巡り合せじゃないかと感じられ、西園寺前社長に母を見舞って貰いたくなる。

 お互い別の相手と結婚したにしろ、初恋を大事にしている節が見受けられるし、もしかすると母が意識を戻す切っ掛けになるかもしれない。

(相手は社長を退いたとはいえ有名企業の創立者、か)

 アポイントを取り付けるのは難しいというより、不可能。いきなり母を見舞って欲しいと言われても引き受けないだろう。