「西園寺ってーー西園寺晴臣か!?」

「あはっ、さすがの兄貴でも知ってるか〜! あの西園寺さんだよ。今日は停泊してる豪華客船でレッスンしてきたんだ」

 湯呑みを渡す修司の様子が何処かぎこちない。

「もしかして、西園寺さんと面識あるの?」

「ーーは、はぁぁ? あ、あるはずない! 世界的セレブだろう? そんな凄い相手に花梨が粗相してないか心配になっただけだ」

 彼はあたふたしながら的確に地雷を踏み抜く。花梨ちゃんの顔がみるみる曇る様に私は眉間を揉む。

「西園寺さんが悪戯で私を水中へ引き込んだの。それで……」

「あぁ、そうか、分かった」

 みなまで話さなくとも状況は伝わる。それでも医師として言わなければならないのだろう、こう続けた。

「花梨、何度も言うが心の傷は俺には治せない。一度、本土で治療を受けた方がいいぞ」

「そうやって私を島から追い出すんでしょ? 私は兄貴や奈美先輩と一緒に居られればいい。ここから離れたくないって何回言えばいいのよ!」

 花梨ちゃんは唇を噛み、今にも泣き出しそう。

「ひとまず今日の所はお薬を貰って帰ろうか。私、母さんの病室へ顔を出してくるね」

 本土で治療を受けた方がいいのは分かっているが、彼女を傷付けた当人なので無理強い出来ない。話題を避けるよう中座する私を修司が呆れた顔で見送った。

 それにしても西園寺氏の名を聞いた際、修司のリアクションに違和感を覚える。
 二人に接点があるとは考え難いものの、修司は西園寺氏に良い感情を抱いていないみたいで、これは修司にしては珍しい。

 面倒見が良く、別け隔てなく接する彼は他人を悪く言う事があまり無かった。だからこそ、負の感情が読み取りやすくもあり。