距離にして三百メートル程度、足を止めるよう促したのを差し引いても私の体力はかなり消耗していた。
 一方、花梨ちゃんはぐずついているだけで疲れていない。

「ちゃんとトレーニングしてるのね、えらい」

「……こんな時に何言ってるんですか? 当たり前じゃないですし。インストラクターは体力が基本だって先輩が教えましたよね?」

「うん。でも花梨ちゃんは仕方なくインストラクターになったんだと思ってたから」

「人の命を預かるんです。仕方ないとか言っていられない」

「そうね、花梨ちゃんの言う通り」

 私も蹲り、肩で息をする。

「奈美先輩はお人好しですよ、しかも真面目。放っておけばいいのに、私なんか」

「そんな事、出来ないよ」

「ーー本当に?」

 すくっと立ち上がり堤防へ近寄ると乗り上げた。道路との段差を使い、私を見下げる花梨ちゃんの瞳は冷たい。

「そこは上る所じゃない、降りて。何を考えてるの?」

「先輩、これ何か分かりますか?」

 質問を質問で返し、ポケットから何やら取り出す。曇天の元で晒されても輝く代物を前にし、私は息を飲む。

「これ、西園寺さんと行きあった時、先輩へ渡して欲しいって頼まれたの。自分達がお見舞いに来た証拠として置いていきました」

「“人魚の涙”」

 そんな高価な物を貸してくれたなんて、私の顔は少なからず困惑しながらも嬉しがったのだろう。花梨ちゃんはそれを嫌がる。

「奈美先輩は私の姉みたいな人で、これからも憧れの人で居て欲しかったなぁ」

「花梨ちゃん? ま、まさか」

 ブローチを握り締め、海面へ振り返った。