「奈美先輩」

 花梨ちゃんが底冷えを起こす声で私を呼ぶ。

「花梨ちゃん、いつからそこで?」

「ずっと居ました〜。会話内容、丸聞こえですよぉ」

 喜怒哀楽が読み取りやすい花梨ちゃんなのに今は分からない。取っ組み合いそうな私達の間へ割り込むと修司側に立つ。

「私と先輩が西園寺さんを忘れてたのって、私は失恋のショックで奈美先輩はーー」

 口角を上げる花梨ちゃん。引きつってしまい、ゆっくり笑顔になる過程は彼女を軋ませる。

「私の初恋の人と両想いになった気まずさで西園寺さんを忘れた。あはっ、先輩はいつも私が手が届かなかったものを手に入れますね。私から奪って楽しいですか〜?」

 言い終え、表情が一気に砕かれた。

「違う、私はそんなつもりな、い」

「えー初恋もマーメイドって称号も、兄貴だって全部ぜんぶ、先輩が私から奪いましたよ?」

「おい、やめろ」

 修司がすかさず兄の顔になるが、花梨ちゃんはかぶりを振る。こちらを指差し悲鳴に似た叫びをあげた。

「先輩も溺れたら良かったの! ケガして選手生命を絶たれれば良かった! そうしたら私の気持ちが分かります!」

 私へ言葉をぶつけたのと同時、修司が花梨ちゃんの頬を打つ。

「花梨、いい加減にするんだ! 言って良い事とそうじゃない事があるぞ!」 

 花梨ちゃんは打たれた頬を覆い、ポロポロ涙をこぼす。

「修司、暴力はーー」

「部外者は黙れ! 俺と花梨の問題だ、奈美は関係ない」

 行くぞ、修司が花梨ちゃんだけ院内へ連れていこうとする。部外者だと切り捨てられた痛みが私を直立させ、後を追えない。

 傷付く資格がないのは重々承知していても、二人に背を向けられるのはやっぱり堪えた。
 
「ーーいい。どうでもいいっ!」

 すると花梨ちゃんが修司の腕を払い、駆け出す。