(……そうだ、そうだった。何故、私は忘れていたんだろう)

「その後、嵐が来て。晴臣さんを助けに花梨ちゃんが海へ飛び出したんだ」

「そうよ、海には近付くなってあれほど注意したのに彼は行ってしまった。思い出した?」

「ーー全部じゃないけど。私ってばこんな重大な事をなんで忘れたりしたのか」

 忘れたと言うより塗り潰したみたい。偽りの忘却がポロポロ剥がれていく。

「この件を重大だと思うなら素直になりなさい、奈美ちゃん」

 口癖が厳しくなる代わり、ふわりと優しい感触に包まれる。

「西園寺さんのクルーズ船が停泊したと聞いた時、おばさんね、ひょっとしたらこうなるんじゃないかって予感があったのよ。王子様が奈美ちゃんを迎えに来たのかもって」

「花梨ちゃんじゃなく?」

「ふふ、彼は奈美ちゃんと血が繋がっていないと教えられ、凄くホッとしていたそう。残念だけど花梨は相手にされなかったわ
 あの嵐に怯える夜を断ち切りましょう? 今がそのチャンスだと感じてる。この機会を逃しちゃいけない」

 覗き込み、おばさんは丁寧に涙を拭ってくれた。

「わ、私、皆に何も返せてな、い。島の観光を任せられても上手くいってないし、助けて貰ってばかり」

「奈美ちゃん、幸せになりなさい。おばさんが言えるのはそれだけ。幸せになるのに怯えないでいいの」

 母が元気であればこんな風に背中を押してくれたのだろうか?

(ううん、おばさんが言うのは重みがより違う)

「でも、でも、晴臣さんと私じゃーーんぐっ」

 途中で鼻を摘まれてしまう。

「自信を持って好きだと伝えてご覧なさい? おばさんは奈美ちゃんを応援している」

 その夜、嵐が近付く気配の中で、おばさんは両親の話をたくさんしてくれた。

 対になった“人魚の涙”母の分が見つからないのは、父を愛したかもしれない。そんな風に思える。