『私でいいのかなって』

 リセにとっては本当に、その一言に尽きるのだ。

 今でこそ手放しで喜んでいる父だが、リセがクルトの世話役に選ばれた日など「リセで大丈夫なのだろうか」と、頭を抱えながら心配していたではないか。

 リセだって心配だ。自分はただの伯爵令嬢で、何の取り柄も無く、ディアマンテの言葉を操る訳でもない。

 そんな自分が、ただクルトに選ばれたというだけでディアマンテ王家に嫁ぐというのは、果たして現実的なものなのだろうか。
 リセには、夢物語のようにしか思えない。その上、この婚約が国と国を繋ぐ、などと言われて……
 
「私……周りについていけないの」
「ついていけない?」
「だって私、つい一ヶ月前まで本当に何も無かったのよ。婚約も、恋愛も、夢中になることも、何も」
「まあ……リセって、ぼーっとしてたもんね」

 そんなリセの前にいきなり現れたクルト。二人の仲を後押ししようとするエスメラルダ王家。学園でのやっかみ。父からのプレッシャー。

 気づいた時には周りが固められていて、身動きも取れなくなっていた。リセはいきなり目の前に敷かれたレールを、現実感の無い足取りでただ歩くだけ。

「これがエスメラルダのための婚約だとしても、私……実感が湧かなくて」

 視線の先にはラケットを振るクルトの姿。彼からも言われた。『エスメラルダと、ディアマンテのために』と──