「セリオンには、婚約者がいるんですよ」

 リセの言葉で、クルトはやっと彼女を見た。
 唖然とした彼の顔を見て、どうしても笑みを堪えられない。

「婚約者がいるというのに、あいつはリセに触れるのか」
「わざとですよ。彼は私の味方だと言って、あのような事を」
「どういうことだ」

 クルトはさっぱり訳が分からないと言った表情だ。
 それでいい、彼とセリオンが分かり合うことなど、きっと無いだろうから。

「私もセリオンの行動は理解出来ませんが……悪い人間では無いのです」
「そうか」
「……信じて下さいますか」
「リセがそう言うのなら、そうなのだろう」

 クルトはひと気のないベンチへリセを降ろした。
 どうやら裏庭まで来たようだ。静かなこの場所で降ろされたことに、リセは心底ホッとした。

「まだ、怒っていますか?」
「……怒ってなどいない」
 
 こちらを見下ろすクルトの顔を見てみれば、もう本当に怒ってはいないらしい。むしろ……バツが悪そうに視線を彷徨わせている。