あれから十日ほど。

 クルトは律儀な男だった。
 リセの提案通り、彼は昼休憩になるとテニスコートへと通っている。

 最初は皆、クルトとのテニスを遠慮した。彼とはあまりにもレベルが違い過ぎ、負け試合を挑むようなものだったからだ。
 誰だって最初から負けると分かっている勝負などしたくは無い。ゆえに試合相手もなかなか決まらず……結局は居合わせた中で一番気弱げな男子生徒がクルトの相手となったのだが。

 その試合後、事件が起こった。
 クルトが対戦相手である男子生徒に握手を求めたのだ。

「楽しかった。礼を言う」

 突然、目の前に真っ直ぐ差し出された、隣国王子の手。男子生徒は恐る恐る、クルトの手をとった。
 
 後にその男子生徒は語る。
「握手をした瞬間、嬉しすぎて涙が出た」 と。
 
 対戦相手の健闘を讃えるクルトの握手は、たちまち生徒達の『憧れ』となった。今やクルトとの対戦待ちは数週間先にまで及ぶという……




 今日も学園のテニスコートには、昼休憩とは思えないほどの人だかりが出来ていた。

 彼らの視線の先には、ラケットを持ったクルトと、挑戦者である男子生徒。
 そしてたった今、勝負が決まった。

 コートの中で向かい合う二人が握手をした途端、対戦相手であった男子生徒はもちろん、なんとギャラリーまでもが目を潤ませてしまっているではないか。

「ク……クルト様。握手に魔法を使ってはいけません」
「魔法など使ってはいないが」
「それではあの者達の涙は一体……」

 昼休憩のレクリエーションであったテニスが、思わぬ盛り上がりを見せている。この異様な光景に、リセは戸惑うばかりであった。