リセは飛び起きた。そこには確かにクルトがいて、面白そうに笑みを浮かべている。なんとクルトは待っていたのだ、リセが目を覚ますまで。

「も、申し訳ありません。まさか、馬車で寝てしまうなんて」
「ああ、よく寝ていた」
「しかもクルト様がここまで抱えて下さったとか。本当になんとお詫びしていいのか」
「いや、良いものを見た」

 謝り倒すリセに、クルトは笑みを浮かべたまま。
『良いもの』を『見た』と言った。
 良いもの? 何が? リセが? 
 自分は一体どんな顔で寝ていたというのだろうか。

「ご、ご迷惑を」
「今日は楽しかった」
 彼はリセに謝る隙を与えない。まるで「謝る必要は無い」と、圧をかけるかのように。

「一日、世話になったな。ゆっくり休め」

 クルトはフッと微笑むとリセの髪をひと撫でし、早々に部屋を出ていった。
 


「し、心配されていたのでしょうね……顔を見てからお帰りになるなんて」

 一部始終を見ていたクラベルが赤い顔でリセへ話しかけると、同じく赤い顔のリセは固まっていた。

 髪を、撫でられた。実にさりげなく。

 あれは本当にクルトだろうか。
 リセの知っているクルトは、片言でリセの後をついて歩くクルトだ。りんご色で、かわいらしいクルトだ。
 なのにあのクルトは何だ。
 彼からの「楽しかった」という昔と変わらぬ言葉が、今はリセの心をふわふわと彷徨わせる。十年前は、そう言われればただ嬉しいだけだったのに。

 十七歳の、彼の声。真っ直ぐな瞳。迷い無い言葉。

 すべてに痺れてしまって、リセは再びブランケットに飛び込んだのだった。