「こんなことを言ってはいけないのかもしれないが、私は世継ぎよりも煉魁に愛を知ってほしいのだ。愛し愛される喜びを味わってもらいたい。……幸せになってほしいのだよ」

 大王の言葉が胸にぐっと刺さる。

「世継ぎよりも難しいことをおっしゃいますね」

子どもなら、愛がなくても作ることはできる。しかし、愛する者はどうやったらできるのかわからない。

(俺は、愛を知らないから誰かを愛することが一生できないかもしれない)

 父方の愛と、母方からの愛は違うものなのかもしれない。母と過ごした記憶のない煉魁には知りようもないことだ。

 大王の寝所を出た煉魁は、再び宮中を抜け出して一人になれる場所に向かった。

 空に最も近い雲海がお気に入りの場所だった。

 そこは下界と天界の通り道なので妖魔が出現することもあり、他のあやかしは滅多に訪れない。

 煉魁が、あやかし王になってからは、雲海にすら妖魔が現われることもなくなったのだが、近付いてはいけないというのが古くからの言い伝えなので守っているのだろう。

 雲海の上で、ぼうっと釣り糸を垂らすのが昔から好きだった。もちろん何も釣れない。だが、それでいいのだ。無意味なことをする時間が好きなのだから。

 雲海を歩いていたその時だった。

 何かが、あやかしの国に入り込んできた気配を感じた。