相手が潔く謝ってきたのに、ここでさらに怒ったら己の狭量さが際立つ。

 さらに澄八は遠回しに、軽い冗談で怒るなんて器の小さい人のやることだと非難しているが、こう言われたら大体の人は怒りを鎮めざるを得ないことを計算した上での発言だ。

 しかしながら、煉魁にはまったく効いていなかった。

「うるせぇ馬鹿やろう。琴禰の初恋の人だからって調子に乗るなよ。俺は嫉妬なんてしてないからな! 分かったな!」

 そう言って怒りながら澄八の前から立ち去った。

(あれ思いっきり嫉妬しているだろ。逆に隠す気ないだろ)

 澄八は呆気に取られながら一人残された。

(あやかし王は暗君なのか?)

 愚かで幼稚な王だと判断することもできるが、澄八の勘はそれを否定していた。

(あやかし王は良くも悪くも感情のまま直感で動く性質だ。洗脳や謀られるような失敗はしない。僕の最も苦手とするタイプかもしれない)

 澄八は巧妙に取り入るのが上手い。些細な言動から心を操り、自分の優位な方向に持っていく。

 しかし、あまりに自己が確立していて軸がぶれない人は、澄八の思うように動かせないので苛々する。

(琴禰は僕のことが好きで、あやかし王の命を狙っている。僕に嫉妬し怒りを露わにしているあやかし王を見て、嘲笑ってもいい状況なのに、なんだ、このすっきりしない気持ちは。どうして負けたような気分になる)

 澄八は苛々した表情で、親指の爪を噛んだ。