――星河の将来の夢はパティシエになること。
この夢は四歳の頃から一度もブレたことがない。それほど信念を持ってお菓子作りに取り組んでいる。
今は小さなイタリアン店を経営する星河の叔父の店のお手伝いをしている。私も同時期くらいからこの店でバイトを始めた。
勤務前のいまは店のカウンターテーブルでオーナーから出されたケーキを食べていると、星河はカウンターテーブルを拭いてる手を止めてふうっとため息をついた。
「お前、また店の残り物のケーキ食ってんのかよ」
「だって、廃棄するのはもったいないでしょ。それに、星河が毎週のように作ってきてくれたスイーツを最近全くくれなくなったからここで栄養補給してるの」
んふふと笑いながら星河に顔を向けると、彼の目は止まってぐぐぐっと顔を接近させて、
「ここに食べカスついてるよ」
「えっ……」
私の唇を撫でるように人差し指を左から右へスライドさせた。
びっくりして唇がピクリと反応。頬がカッと熱くなったので顔を背けた。何故なら変に反応したと思われたくなかったから。
「いっ……、いいよ! そんなことしなくても自分で取るし」
「ったく、お前は昔っから食べ方が汚ねぇよな。もっと上品に食えよ」
「うるさいなぁ! 美味しく食べてるんだからいいでしょ」
星河なんて、転んで泣いたところや、幼稚園でおもらししたところや、体操着のズボンを前後ろ逆に履いてるところとか、かっこ悪いところの方が沢山見てきたし、高校生にもなって意地悪だし。……昔から友達以上に思ったことなんて一度もない。
「……あれ? なんか、顔が赤くなってない?」
「なってないってば!!」
「もしかして興奮しちゃった?」
「ばばば……ばかぁ!! する訳ないでしょ!!」
――そう、幼なじみ以外何とも思ってない。
ただ、温かい指先が唇に触れて少しくすぐったかっただけ。
閉店後、私と星河がフロアやカウンターで閉店作業に追われていると、オーナーは料理の乗ったお皿を四枚手に持って窓際の四人席へ運んだ。
「二人ともお疲れ様。もうほとんど片付けが終わってるから今日はこの辺でいいよ。それより、クリスマス用のメニューが完成したからよかったら試食してみてくれる?」
私たちは言われた通り作業の手を止めてテーブル席へ足を運ぶと、オーナーは再び厨房へお皿を取りに戻った。
テーブルに順々と揃えられていく豪華な料理に目が釘付けになる。
「うわぁ! 素敵……。これが今年のクリスマスメニューなんですね。毎年豪華です」
「去年のコース料理も評判良くてあっという間に予約が埋まったもんな」
「ははっ。クリスマスは特に力を入れてるからね。ささ、二人ともイスに座って」
ホタテやサーモンやミニトマトが乗ったオードブル、じゃがいものスープ、サラダ、ローストチキン、魚介のペスカトーレ。そして、本番さながらのテーブルセッティングで、白いテーブルクロスの中央には赤いチェックのテーブルランナーが敷かれていて、その中央にはポインセチアの造花とキャンドルが飾られている。
「毎年お洒落なメニューで大反響ですもんね。あ、そうだ! 料理の写真撮ってもいいですか?」
「あはは、どうぞ」
「お皿を並べ替えても?」
「まひろちゃんのお好きに」
私がお皿の配置を変えながらスマホでいろんな角度から料理を撮影してると、星河は背後から言った。
「おまえさ、料理に関しては本当にうるさいよな。そうやって何度も何度も皿の配置を変えたり、見栄え良く撮ったり、拘りが半端ないというか」
「いいでしょ。料理は食べることはもちろん、目で見て幸せを感じることも大事。食には沢山の幸せが溢れているからね」
「確かにその通り。食べることは生きることだけど、目で楽しんで幸せのおすそ分けをするのも食の楽しみだからね」
オーナーがそう言うと、星河の肩をポンッと叩いた。
写真を撮り終えてから二人の横へ行って撮ったばかりの画像をお披露目した。
「見て見て! 上手に撮れたと思わない?」
「まひろちゃんは相変わらず料理をより輝かせてくれるね」
「すげぇ。……ねぇ、叔父さん。この写真を店のホームページに上げてクリスマスメニューの宣伝をするのはどう?」
「それはいい客寄せになるかもしれない。まひろちゃん、僕のスマホにその画像を送ってくれる?」
「えへへ。こんな写真で良ければ……」
料理の写真を撮ってインスタにアップすることが私の趣味。
その理由は、多くの人に美味しい料理を知ってもらいたいし、私の想いを共感して欲しいから。
最近インスタのフォロワー数は右肩上がりで、料理画像をアップするのが楽しみの一つに。