右手の甲で目の辺りをぬぐうと濡れた。

 天井からベージュ色のカーテンが下がっている。

 上半身を起こして右手でカーテンを開けると、椅子に腰を下ろした女性の後姿が見えた。

 保健室の様であった。

 カーテンを開けた音に気づいた保健の先生が椅子を回してこちらを振り返った。

 「大丈夫?」と言って立ち上がり、ベッドの元へやってくる。

 顔を覗き込まれ、「教室で急に倒れちゃったみたいよ」とウェーブがかった髪を揺らす。

「あ……大丈夫……そうです……」

 とは言ったものの、少し頭がぼんやりする。

「まだちょっと具合悪そうね、ただの貧血だと思うけど」

「貧血……あの、わたし、どうやってここに……」

「ちょうど、お昼休みが始まって少ししたくらいだったかな? 男の子がおぶってきてくれたの、クラスの子かな? 背の高い男の子」

 誰だろう……背の高い……尾田くん……? 

 チャイムが鳴った。時計を見上げると、午後の授業が始まる時間であった。

「ご飯、ちゃんと食べてる?」

 あ、と思った。

「頭使うとカロリー消費するからしっかり食べないとダメよ、特に受験前はね」

 そうだ……教室で急に気分が悪くなって……。

 しかし、激しいカロリー不足だけが原因だろうか。今朝の出来事まで遡ると、また悲しく不安な気分になってきた。

「今日は早退する?」

「……そうします」

「じゃあ、担任の先生には連絡しておくね。鞄も一緒に持ってきてくれたみたい」

 丸い机の上のを見ると、私の鞄が乗せられていた。

 ベッドから降りて鞄を手に取ると、先生が冷蔵庫から取り出したパックのジュースを差し出してきた。

「はい、カロリー補給」

「……ありがとうございます……」

「気をつけてね。お家に帰ってから具合が悪くなったら病院行くのよ?」

「……はい、ありがとうございました……失礼します……」

 校舎を出たところでパックのジュースにストローを挿し、中身を吸い上げながら校庭を横切って校門へ向かった。

 家に着き、誰もいないリビングでひとりお弁当を食べた。

 あいかわらず食欲はなかったが、先生に言われた事を思い出してがんばって全部食べた。

 少しずつ気分と体調が落ち着いてくると、またゆっくりと考え事が始まった。

 急に口をきいてくれなくなるなんて、何かしてしまったのだろうか? 

 しかし、原因を考えてもわからないまま時間は過ぎ、あっという間に夕方になった。

 時計を見ると、もう学校も終っている頃だった。

 鞄からスマホを取り出し、美香の連絡先を表示させた。

 しばらくそのまま画面を眺めていると暗転した。

 本体横のボタンを押し、ふたたび画面を表示させる。

 また消えた。