「アンタ、もう終わったんでしょ? とっとと帰れば?」

 忠犬のように彼が戻るのを待っている私のことが相当気に食わないのか、見ず知らずの間柄であるその女性が突然話しかけてきた。
 先ほどと本当に同じ人物だろうかと疑いたくなるくらい低い声音で。

「次回の予約を済ませたら帰ります」
「そんなの快永さんにやらせないでよ! ほかのスタッフでもできるじゃない」

 その点についてはあなたもです、と心の中で言い返しておく。
 取り寄せたシャンプーだって、どのスタッフから手渡されても同じなはずだ。
 だけど彼女はカリスマ美容師である快永さんのファンだから直接話したいのだろう。その気持ちは私もわかる。

「だいたい、なんでアンタみたいなダサい女がこんなに洒落た美容院に来てるのよ。分不相応だってわからないんだね。うわぁ、イタい」

 矢継ぎ早に浴びせられた悪口のオンパレードに驚いて呆気にとられてしまった。
 世の中にはこんな人もいるのかと感心している場合ではない。ここは怒るところだ。

「私のこと、なんにも知らないでしょう?」
「知らないけど! 快永さんの周りをうろちょろするのは許せない。彼がアンタなんか本気で相手にするわけないんだから早くあきらめることね」

 フンッと鼻で笑う彼女の表情が鬼か悪魔みたいに思えた。
『快永さんの周りをうろちょろするのは許せない』……これが彼女の本音だ。
 そのために私をののしって蹴落とすくらいのことは躊躇なくやりそう。