「杷子ちゃんは俺のお客様だから。今日も真心を込めてかわいく仕上げるよ」

 連続呼びは刺激が強すぎる。今日は一粒万倍日か天赦日(てんしゃび)なのだろうか。
 普段では絶対にありえないことが起きていて、頭がついていかない。
 席へ案内されて椅子に落ち着いたあとに鏡を見ると、これ以上なく顔を真っ赤にした自分が写っていた。早く治まってくれないと恥ずかしくて仕方ない。

「カラーしてから二週間だけど、あんまり色落ちしてないね」
「はい。さすが快永さんです。トップスタイリストさんですもんね」
「あはは。ありがとう」

 快永さんみたいなトップスタイリストでも、褒められたら照れるみたいだ。
 はにかんで笑っている顔を鏡越しに見ながら、私も自然と笑顔になっていく。

「シャンプーの使い心地はどう?」
「すごくいいです。艶が出てまとまるようになりました」
「気に入ってもらえてよかった」

 見知らぬ女性客と張り合うために購入したシャンプーだったが、香りも好みだし、高級なだけあって手触りが今までと比べて変わってきたのを感じている。

「今日はどんな感じにしようか」

 私の髪をやわやわと触りながら、いつものように快永さんが希望を聞いてくれた。
 
「このワンピースに合うようにアップにしてほしいんですけど……これ、一応持ってきました。使えるなら使ってください」

 小さなポーチに入れて持参してきたのは花の形をしたパールの髪飾りだ。高いものではないけれど、上品でどんな服装にも合うから重宝している。
 かんざしのようなピンのものとコーム型のものを取り出して快永さんに見せると、やさしい笑みを浮かべて承諾してくれた。