「昨日ね、スタッフの女性が名前を呼ばれてたの。“和住さん”って。うらやましかったなぁ」
「名字呼びなんだから普通でしょ」
「快永さんの場合はレアなの」

 私の想像だけれど、誰かを贔屓することなく平等に接するためだとか、女性客に気を持たせないようにといった理由があるのだと思う。
 恋愛絡みのトラブルを避けるための、賢く張られた予防線なのかも。

「私も美容師になれば呼んでもらえるのかな?」
「……は? 杷子、今から美容の専門学校に通うつもり?」

 目を丸くして驚く凉々花の様子がおかしくて、冗談だとばかりに手をブンブンと振ってクスクス笑う。
 そのあと彼女がひどくあきれた表情になったのは言うまでもない。

「サンドリヨンを紹介したのは私だから言いづらいんだけどさぁ、あの美容院って高いでしょ。昨日注文したシャンプーもすごく高価だったりしない?」
「うん。サロン専売品なのもあって高かったよ。でもいいの。なんならお給料全部つぎ込んでも」
「うわっ、めちゃくちゃ沼ってるじゃない! いい加減にしときなよ? ……手遅れか」

 正直な気持ちを吐露したら、どうやら親友を心配させてしまったみたいだ。
 私としては、ほかの人たちがしている“推し活”と変わらない感覚でいて、対象が芸能人かカリスマ美容師かという違いだけだと思っている。
 夢中になって追いかけたい人がいるというのは、ある意味幸せなことなんじゃないのかな。