快永さんは三年前にヘアケアマイスターという国家試験に合格していると聞いた。
 美容師免許とはまた違った角度からの資格で、下から順にプライマリー、ミドル、マイスターとコースが三つある。
 しかし上級であるマイスターには一次試験に加えて二次試験までおこなわれるらしく、合格率は十六パーセントほどで超難関なのだそうだ。
 そんなむずかしい国家試験に受かり、名誉と権威ある称号を手にしている彼は本当にすごい。

「そりゃ、折原 快永だもん。サンドリヨンの経営者だし、有名美容師が集うコンテストで優勝しちゃうトップスタイリストだからね」

 気心の知れた私の前だからなのか、凉々花が大きな口を開けてパンケーキをめいっぱい放り込んだ。
 
 実は快永さんは昨年、世界最大級のヘアデザインコンテストに出場してグランプリを受賞している。
 飛ぶ鳥を落とす勢い、という言葉が今の彼にはピッタリで、関係のない私まで鼻高々になりそうだ。

「でもね、昨日は施術中にあんまり話せなかったなぁ。快永さんは忙しいから仕方ないんだけど」 
「杷子の場合、カットやカラーは二の次で、快永さんに会いに行ってるようなものだもんね」

 そんなことはない、と咄嗟に否定したいところだが、図星なので反論できない自分がいる。

「少しでも顔が見たいんだよね。そしたらお店に行くしかないじゃない?」
「まぁね。外で会うチャンスなんかないわけだし」

 実は近所に住んでいたとか、なんでもいいから奇跡的な偶然があったらいいのにと何度思ったことか。
 でも私と彼には、本当に小さな接点しかない。美容師と単なる常連客という間柄。……それが現実だ。