バイバイと二人に手を振ってから、家に入る。
 玄関で待ち構えていた雅嗣は「おかえり」もなぁなぁに私を抱き上げた。

「ただいま」
「今日はオムライスだぞ」

 相変わらず、私の機嫌をオムライスで取ろうとするところとか、家に居ればずっとくっついてくるところだとか。
 今では嬉しくて仕方ないから、私も大概だ。

「オムライス一緒に作ろ」
「うん、手、洗って」

 キッチンに入ったかと思えば、私を床に下ろす。
 当たり前のように、キスをしてから手を洗う。

 何かをするたびに、キスをされる日々に慣れ始めている自分が少しだけ怖い。
 キレイになった手を見せれば、雅嗣は、包丁を取り出して玉ねぎを切り始める。

「私は何をすれば良いの?」
「後ろから抱きついて」
「はい?」
「いちゃいちゃしながら、ごはん作るの夢だったから」

 それならば、叶えてあげなければと、後ろから腰に抱きつく。
 ガッチリとした体格のせいで、私には雅嗣の背中しか見えてないけど。
 雅嗣は満足なんだろう。

 雅嗣の匂いに鼻をヒクヒクと動かして、胸いっぱいに吸い込む。
 懐かしいような爽やかな匂いがしていたのに、今ではあんまり感じなくなった。

「前は、爽やかな匂いしてたと思うんだけど……」

 口に出せば、ふっと鼻で笑われる。
 なんで笑われたかもわからずに、首を傾げた。

「一緒の匂いになったからわかんねーんだろ」
「そういうこと?」
「そういうこと」

 言われて気づいて、納得する。
 自分では気づかないうちに雅嗣と同じ匂いになってたんだ。
 スンスンっと自分の体を嗅いでみてもわからないけど。

 手際よくオムライスを作る雅嗣を見ていて、この家に来た日のことを思い出した。
 久しぶりに会う雅嗣に、九年ぶりにと言ったら否定されたっけ……
 あれ……?

「ねぇ、どこで会ったの私たち」
「なにが?」
「九年前にバイバイしたっきりじゃなかったんでしょ」

 問い掛ければ「あー」と言いながら、卵を割って混ぜ始める。
 本当に私は、雅嗣にくっついてるだけで何もしていない。
 なのに、ごはんが出来上がっていく。

 あの時のあれは過保護ではなく、純粋に、雅嗣がしたかったことなんだなぁと思いながら、雅嗣越しにオムライスの形を見つめる。

「キッチンで怒られてる時に、ナミがおいしかったです、ってわざわざ声かけてくれたんだよ」
「そんなことあった?」
「あったんだって。良い子に育ったなぁと思って見てたんだから」
「ふーん」

 まっすぐに褒められて、照れてしまう。
 あのオムライスがおいしい店での出来事。
 雅嗣がキッチンでバイトしてたのは知らなかったけど。

「そこからナミだって気づいて、目が離せなくなって、また会えるの楽しみにしてた」
「私が忘れてるとは思わなかったわけ?」
「雅にいのお嫁さんになる〜! って小さい頃から言ってたのに、忘れてた?」

 ジュワアという音を立てて、卵がふわふわに焼き上がっていく。
 忘れては、いなかった。
 大人になった、雅嗣が記憶の中とは違ってすぐにはわからなかったけど。

 後ろから強く抱きしめれば、「ふへ」と変な声で雅嗣が笑う。

「その時から私のこと好きだったの?」
「ずっと好きだったよ」
「それでよく同居するって言えたね」

 私だったら、怖くてそんなこと言えない。
 だって、相手が自分を好きになってくれるだなんて奇跡に近い。
 お互いの好きな人がお互いだなんて、奇跡、そう簡単に起こらないよ。

「だって、ナミは俺のこと好きでしょ」

 自信満々に言い張りながら、卵をケチャップライスの上に落とす。

 結果的に、好きになった。
 元々幼なじみとしては、好きだったけど。

 もう一枚卵を焼き始めて、雅嗣は、ふんふんと鼻歌を歌い始める。

「元彼のことも実は知ってた?」
「あー、うん、ケンカしてたのも実はキッチンから、な」
「だから、あんなに詳しく教えろーみたいに言ってたの?」
「うーん、そういうわけじゃないけど。俺の知らないナミのことが、知りたかった。全部、俺の中に留めておきたい」

 卵をもう一枚焼き終えて、オムライスが二つ完成した。
 かと思えば、コンロの火を消して振り返る。
 じぃっと私の目を見つめて「好きだよ」とわざわざ口にした。

 あまりの甘さに、私の体全部が砂糖になってしまいそうな気がする。

 そして、唇にキスをまたして、私の頬にもおでこにも、キスをする。

「だから、他の人見ちゃだめだよ。ずっと俺だけ目に映してて。大学も本当は行ってほしくない。でも、ナミが決めたことを否定はしたくないから、俺以外にふらつかないって約束して」
「すると思う?」
「思ってないけど、約束はして」

 小指を差し出されたから、こくんっと頷いて、小指を絡める。
 ゆびきりげんまん、と声に出していればするりと小指を外された。

「えっ」

 何と聞く間もなく、小指を持ち上げられてキスの跡を残される。

「約束の証」
「嫉妬深いよね、雅嗣って」
「跡を残すとことか?」
「そう」
「イヤなの?」

 イヤじゃない。

 でも、そう言ってしまえば、ますます助長させる気がして黙りこむ。
 笑顔を作って見せれば、頬を両手で潰された。

「なぁに」
「愛してるよ」
「知ってる」
「愛してるから、他の男の影とか見つけたら全部俺、潰すからね」

 トモヤはあれから連絡も来なくなった。
 雅嗣がどうしたのかは、聞けなかったけど、もう関わってこないならどうでもいい。
 でも、もしまた、そういうことがあっても、あぁやって助けてくれる。

 雅嗣の言葉をそういうことと、解釈して「うん」と頷く。
 頬は解放されずに、そのまま、またキスを何度も落とされた。

「まぁでも、お父さんお母さん公認だから。結婚できるようになったらすぐ結婚しような」
「これは、そういう同居じゃないでしょ、付き合ってるけど!」
「そういう同棲だと最初から思ってるよ、俺は」

 恋人だけど、親公認の関係……なのかな。
 お父さんもお母さんも実は薄々そうだと思ってた?

 流されそうになって首を横に振る。

「これはそういう同居じゃありません」
「じゃあ聞いてみる?」

 雅嗣と付き合い始めたとお父さんお母さんに報告する?
 考えて、恥ずかしくなって首を横に振った。
 今だけは、そういうことにしておいてあげよう。
 でも、直接は答えない。

「ほらオムライス冷めちゃうから食べよ」

 オムライスのお皿を指させば、指を掴まれてちゅっとキスをされる。
 ごまかすことはさせてくれないみたい。

「確認する?」
「わかったわかった、そういうことにしておいてあげる」
「ナミが不安なら俺から言ったって良いよ」
「そういうことにしておくから、とりあえず親に言うのはやめよ?」
「二人とも理解してると思うけどなぁ。普通男一人の家に、置いていかないだろ」

 私の手を解放して、オムライスの皿を手の上に乗せられる。
 食卓にそのまま向かう途中、ぴったりと雅嗣は後ろから離れない。

「俺がいないとダメになってよ」

 耳元で囁かれて、お皿を置いてから熱くなった耳を塞ぐ。
 甘い声が脳内を痺れさせるから、体中が熱を持ってる。

「もう、十分ダメになってる気がするけどね」
「俺からの愛で、もっとダメになって」

 真剣な目で、まっすぐに見つめられる。
 何も言えなくて、私から唇を奪いってしまった。
 それでも、雅嗣は幸せそうに「愛してるよ」と感度も口にする。

 <Fin>