制服に着替えて、ネックレスを首につけ、雄二に指定された場所に向かった。
 入り口付近には雄二の姿が見えた。
 短い挨拶を交わし、中に入り椅子に座った。周りには泣いている女子高生がたくさん見えた。でも僕はなんだか現実味が湧かなくて何も感じなかった。正面には瑞希さんの写真が見える。笑顔で少し幼い写真。
 また胸が締め付けられたようだった。
 
 葬儀はあっという間に過ぎていき、気づいたら食事の時間になっていた。あまり食べる気がせず、帰ろうとしていると、雄二に呼び止められた。
「あっちに瑞希のお母さんがいる。挨拶しよう」
 僕が挨拶しても意味があるのかなと思いつつ雄二について行った。
 目を赤く腫らした女性の目の前に行き、雄二は深々と頭を下げた。
「この度は心からお悔やみ申し上げます。相良雄二です。お世話になっております」
 すると女性は少し微笑み、
「雄二君ね。この前までは、ずっと瑞希に会いにきてくれてありがとう。あの子もとても励まされたと思うわ」
 そして僕の方をチラと見て、
「こちらの方はどなたかしら」と尋ねた。
 僕が答えようとすると、雄二が先に、
「真也です。鈴木真也です」と答えると同時に、その女性は泣き笑いのような顔で
「あなたが真也くんなのね。会いたかったわ。とても会いたかった」と僕の手を取って泣きながら言った。
 なんで瑞希さんのお母さんが僕を知っているんだ?
 なぜこんなにも嬉しそうにしてくれるんだ?
 僕が戸惑っていると、雄二が僕に静かに言った。「今から僕の家に来い。全てを話すよ。今までの嘘と全ての本当を。良いですよね?」瑞希さんのお母さんの目を向けて、彼女がゆっくりと頷いたのを見て、雄二は僕の手を取った。


 雄二の部屋に入ると、彼は一つの便箋を持ってきた。
「全ての始まりはこの一通の便箋なんだ。とりあえず読んでみてくれ」と言い、便箋を僕に手渡した。
 そこには、相良雄二様へと書いており、裏には菅谷瑞希と書かれていた。
 びっくりした僕が顔を上げると、雄二は何も言わず頷いて便箋を見た。
 中を取り出すと、3枚の紙が出てきて、そこにはこう書かれていた。

 相良雄二様へ
 突然すみません。
 私の名前は菅谷瑞希です。東藁女子高に通っています。まず私について書きます。
 私は今病気を患っています。医師にはあと1年くらいだと言われています。昔から体が弱くて長くは生きられないと言われていたので、死ぬこと自体は怖くありません。ですが1つだけ心残りがあるのです。
 それは初恋の人、あなたの友人である鈴木真也さんにもう一度会って話したいと言うことです。
 彼と私は小学校1年生の時に知り合いました。当時、家にあまり居たくなかった私はよく少し離れた公園に行っていました。近くの公園だと同じ学校の人がいて嫌だったんです。そしてそこでタイヤの上で本を読んでる彼と出会いました。
 私がある日歩いていた時にこけてしまった際、彼が持っていた消毒液と絆創膏で私の怪我の手当てをしてくれました。その時に、すぐに好きになりました。
 それからは彼と会いたいがためにほぼ毎日その公園に通い、彼に話しかけ続けました。最初は少し嫌そうでしたが少しずつ、会話が弾んでいってとても楽しかったです。頭の良い彼にはよく本について教わっていました。今、私が少し良い高校に行けているのは彼のおかげです。
 ちなみに私の名前はさっきも書いたように菅谷瑞希なのですが当時、みずきという名前を学校で男子っぽいと揶揄われていたため、当時の名字の蒼井を名前のようにして彼に伝えていました。
 そして楽しく公園で彼と過ごしていたのですが、それは半年くらいで終わりました。父と母の離婚が決まって私は母と一緒に引っ越すことが決まったからです。
 もう真也くんに会えなくなるのがとても悲しくて、何か思い出を作りたいと思い、当時の私のほぼ全財産でネックレスを買って、これをどうか私だと思って持っていて欲しいと彼にあげました。
 それが私と彼の最後です。
 それから私は病気がちになってしまい、今は余命も申告されています。もう心残りはないと思っていたのですが、最近あなたと真也くんの姿を見つけました。一瞬で真也くんだとわかり、失礼ながらあなたの後をつけてこの手紙を出させてもらっています。
 私のあなたへのお願いは私とあなたを何かしらの知り合いということにして、真也くんと合わせてくれないかということです。私が死ぬことを知られたくないので、なるべく直接知り合うのは避けたいのです。
 もし、私の願いを叶えてくれるのなら以下の電話番号もしくはメールアドレスに連絡お願いします。
 こんな身勝手なお願いをして申し訳ありません。ですが、どうかよろしくお願いします。            菅谷瑞希


「瑞希さんが、あおいちゃん......?」
 よく覚えている。小学2年生の頃、公園で突然話しかけてきた不思議な女の子だ。去り際にくれたネックレスがとても嬉しくて、今でも毎日つけている。
 その時、ハッと気づいた。
 最後に瑞希さんと遊んだとき、ネックレスの存在を聞いてきた時のあの優しい笑顔。
 最初から全部違ったのか。
 雄二と瑞希さんは付き合っていなかった。そして僕に会うために、僕の前に現れた。そして亡くなってしまった。
 雄二は苦い顔をしながら言った。
「瑞希は、自分が死ぬことは絶対に真也には言うなっていってたんだ。でも、彼女の気持ちを思うとなんかやるせなくて」
 鼻の先が痛くなってきた。
「ねぇ、雄二。僕泣いても良いかな。瑞希さんがあおいちゃんだって気づけなかった僕なんかが泣いても良いのかな?瑞希さんが体の具合が良くないって気づけなかった僕なんかが泣いても良いかな」
 すると雄二は顔を赤くして、
「泣いて良いに決まってんだろ。お前は泣いて良いんだ」と叫ぶようにして言った。
 今まで堰き止められていた涙が次から次へと出てきた。うわぁー、と獣のように泣いた。
「ごめんね。俺は、あおいちゃんのことも、瑞希さんのこともどっちも好きなんだ。彼女が好きなんだ」泣きながら嗚咽のように絞り出して言った。
「なんで謝ってんだよ。とっくに知ってたよ」雄二は笑った。
 一生の分の涙を全て出してしまったんじゃないか、と思うくらい泣いた。
 便箋は僕がもらった。
 3枚目の裏に書かれていた追記に気づいた。
 p.s. 彼は今ネックレスとかしてますか?
私があげたのつけてくれてたら飛びあがっちゃうくらい嬉しいです
 ふふっと笑った。つけてるよ。一生つけるよ。ありがとう。


 
 あれから、約3年が過ぎた。僕は無事大学に進学し、大学2年生の20歳だ。瑞希さんのような病気の人を助けたくて医学部に入った。雄二は一浪して入ったから、今大学1年生だ。
 今日は2人で瑞希さんのお墓参りに来ている。この後に、瑞希さんの家にもよる予定だ。
 瑞希さんに伝えたい。
 僕は今頑張ってるよ。前を向けてる。だから本当のことを言った雄二をあんまり怒らないであげて。僕はこれから君みたいな病気の人を助けられるような医師になるために頑張るから。見守っていてね。
 太陽の光で、真也の首元のネックレスが明るく照らされている。