生徒総会の前日。
生徒会室には、私しかいなかった。
「………何なの本当に…」
生徒会、議長席のセッティング。
議長の進行文作成などなど。
やることは沢山あるのに。
……どうしてこうなるのか。
私が思っていた生徒会活動とは程遠い。
生徒総会なんて、まだ序の口なのに。
これから訪れる文化祭…どうするんだろう。
「………」
パソコンの前に座って議題案をまとめていると、勢いよく扉が開いた。
「あれ、他の人らは?」
生徒会室に入ってきた長谷田先生は、呑気な声を上げながら周囲を見回す。
「…帰ったんじゃないですか。みんな無責任ですから」
先生の方を見ずにそう答えると、驚くような声を上げた。
「え? いや、みんな無責任っていうか。やる気があるお前が呼び掛けるんじゃない? 無責任なのはお前だろ。何してんの」
…は?
長谷田先生の言っている意味が分からなくて、脳がフリーズした。
何してんのって……。
「そ…それはこっちのセリフですわ!! 呼び掛けするのは会長、副会長、そして先生でしょう!? 先生こそ何してんの!? メンバーが9人もいるのに、そのうち8人は何もしていないのですよ!? こんなの、真面目にやってる私が馬鹿じゃない!! もう知らんわ!!!」
そんな言葉を投げて、生徒会室から飛び出す。
「あ、ちょ…渡里!!!! 明日の生徒総会どうするんだよ!!!」
はぁ!?
知らんわ!!!!
どうするかはお前が考えるんだよ!!!!
…もう知らない!!
何もかも知らない!!
明日の生徒総会…どうなっても知らないから!!!!!
「…こんにちは」
「こんにちは~」
生徒会室を飛び出した私は、コンピュータ室に来た。
情報研究部の活動場所だ。
「あ、紗奈! 今日は早いね」
「うん…もう全て投げ捨てて来た」
「どういうこと?」
さっきあったことを香織に話した。
生徒会メンバーのことから、長谷田先生のことまで全て。
そんな私たちの会話を聞いていた他の部員も、集まってくる。
「今回の会長と副会長は大失敗だと思った。あれ、完全に人気投票だったもんね」
「そうそう、だって会長の公約覚えてる? 会長になった暁には、自動販売機をもう1つ増やしますだよ。それで当選するとか意味分からんにも程があるよね」
「もう既に自販機3つあるのにね」
先輩たちが思い思いのことを言う。
…良かった。
情報研究部の先輩は私の味方ということに安心感を覚える。
「しかし、長谷田マジでつまらんね!」
そう声を上げたのは香織。
そして部員みんなが頭を縦に振る。
「あれは教師を辞めた方がいい」
「そう思います。大体、うちのクラスの国語はほぼ授業崩壊しています」
「え、長谷田1年の国語担当なの?」
「はい。本当にヤバいです。けれど、何故か生徒から人気ですからね…私は嫌いですけど」
人気だけで教師をやっているような人。
長谷田先生…。
どうやったら生徒会担当から外せるかな。
ちゃんと『指導』ができる先生が良い。
「うい~す」
「峯本先生、こんにちは~」
「おぉ、渡里。今日は来たか」
「来ました」
情報研究部の顧問、峯本颯太先生。
商業科情報処理教師。
商高のハッカーと呼ばれる峯本先生。
いつも怠そうだが、情報処理のことになると火が付く。
「渡里、白石から聞いたかもしれんけど。秋の大会はプログラミングを頼むな」
「あ、はい。頑張ります」
出来る限り…だけど。
そう心の中で付け足す。
先生は教壇に向かいながら、首を傾げた。
「ところで、何でみんな集まってんの?」
1年生から3年生まで、みんなが私の周りに集まっている。
この状況…確かに、疑問を抱く。
「いや、先生聞いて下さいよ。渡里ちゃん以外の生徒会メンバー、全く活動していないらしいですよ」
「そうそう。渡里ちゃんが1人で生徒会業務をやっているし、明日の生徒総会の準備があるっていうのに誰も来なかったみたい」
「ねー先生。ヤバくない? 」
「それは…ヤバいな。ヤバいけど、そういう状況で渡里がここにいて…明日の生徒総会の準備は? 誰がやってんの?」
「…………」
コンピュータ室に静寂が訪れる。
勿論、誰もやっていない。
「先生、紗奈はここ来る前に生徒会室行って準備してたんです。だけど長谷田先生が来て、生徒会メンバーが誰もいない状況の中、紗奈に対して『無責任なのはお前』って言ったらしいですよ」
「渡里…本当?」
「はい。先に私が『みんな無責任』って言ったんです。そしたら長谷田先生が『やる気があるお前が呼び掛けるんじゃない? 無責任なのはお前だろ。何してんの』って言ってきたので…全て放棄してここに来た次第です」
「それは…長谷田が悪いな」
改めて長谷田先生の言葉を口にして思ったけれど。
………酷い言葉だな。
「長谷田もなぁ、生徒にチヤホヤされて天狗になってるから。喝入れないといけないって思ってたところよ。まぁ、任しとき。俺から言ってみるよ。渡里は明日のこと気にすんな。まっ、どうにかするから」
「…峯本先生。ありがとうございます」
「さすが情研部の顧問! よ、カッコイイ!!!」
「はいはい。カッコイイのは知ってるから。よぉ〜し、皆の衆。大会に向けて勉強しようじゃないか」
「はーい」
プログラミングと表計算に分かれて勉強が始まった。
峯本先生は気にするなと言ったけれど。
明日の生徒総会のことがむちゃくちゃ気になって。
目の前の課題に集中できなかった。
「……え」
「…これは…」
翌日朝、学校に着いてすぐに香織と体育館へ向かった。
何も無い。
そう思っていたのだが…予想は外れた。
「え、紗奈。準備出来てるよ」
「本当…しかも議長の進行文まである」
私が途中で放棄した議題案のまとめも完成してある。
「…え、峯本先生かな」
「確認しに行くよ!!」
始業までまだ少し時間がある。
香織と共に職員室に向かった。
「峯本先生ー!!」
「んんー?」
偶然、廊下を歩いていた峯本先生に遭遇した。
先生はクルッと振り返ったまま固まっている。
「おはよ…。そんな焦ってから…どした?」
「先生、生徒総会の準備してくれたのは先生ですか?」
「ん? …あぁ、その件ね」
少し何かを考えた後、言葉を選ぶように口を開いた。
「俺は、何もしていないよ。………長谷田、かな?」
切れの悪い言葉に違和感を覚えたが…用意したのが峯本先生ではないと分かれば、取り敢えずは良い。
「あ、そうですか。分かりました…ありがとうございます」
峯本先生は片手を挙げて、職員室に入っていった。
「何か…妙な言い方」
「うーん、どうする紗奈」
…しかし、良く考えれば。
生徒会室に入れるのはメンバーと生徒会担当の先生だけ。
あの部屋のパソコンを開けるのもメンバーと生徒会担当の先生だけ。
だから、峯本先生がやるとか有り得ないんだよね。
となると、やはり長谷田先生…。
「ショートホームルームが終わったら生徒会は準備の時間だからさ。その時、長谷田先生に確認してみるよ」
「うん、それがいいね」
「よし…教室行こうか。香織、付き合ってくれてありがとう」
「えへへー、良いのよ!」
私たちは少し早歩きで教室に向かった。
ショートホームルームが終わり、体育館へ向かう。
体育館には、既に3年生のメンバーが揃っていた。
「凄い!! 何もしなくてもセッティングが完了してある!」
「ヤバーい! 議長のカンペもあるよ」
「うちら何もせず当日生徒会として参加するだけとか、こんな美味い話ある?」
「履歴書にも活動実績で書けるしね」
アハハと笑っている3年生6人。
こんな先輩にはなりたくない。
そう思わせてくれる、最悪な会話。
ところで、会長は大丈夫なのかな。
生徒総会の開始時に会長挨拶があるけれど。
……まぁ、私の知ったことでは無い。
「あ、渡里さーん。いつもありがとうね? 水やりとか行事のこととか。何やかんやフォローしてくれるから助かっているよ。ねーみんな?」
「うんうん、ごめんねぇ何か。全部やってもらって」
各々が心にも思っていないことを次々と口にする。
この人たちは、どこまで私をバカにすれば気が済むのか。
「…別に、生徒会の仕事を楽しんでやっていますから。何も問題ありません」
そう言い残して、体育館のステージ裏に回る。
先輩たちは…眉間に皺を寄せて私を睨んでいた。
ところで…長谷田先生はどこにいるの。
全然姿が見えない。
体育館内を探し回っても見つからないまま、生徒総会が始まった。
「これから本年度の生徒総会を開会します。最初に、生徒会長の挨拶です。3年の梁瀬さんお願いします」
「はーい」
結局、誰が準備したか分からないままだ。
「えー、生徒会長の梁瀬でーす。今日の総会に向けて…いっぱい準備をしましたぁ。全校生徒で有意義な話し合いができればと思いますので…えっと、お願いしま~す!」
なんて中身の無い挨拶なのだろう。
あなたは何もしていないし。
そう思いながら私は冷たい視線を向けるが、他の生徒たちは違うみたい。
挨拶が終わると、盛大な拍手が鳴り響いた。
「ははっ! 私くらいになると挨拶も適当にできるよ。出任せ上等!」
「さすがすぎる!」
「でしょう!?」
こんな人が生徒会長なんて、この生徒会に未来は無い。
「生徒会の皆さん、さすがだね。こんなにも意見を綺麗に纏めてくれて、誇らしいよ」
「いえいえー、教頭先生に喜んで貰えて嬉しい限りです!」
「今後も期待しているよ」
「はーい!」
開始から1時間。
生徒総会は無事に終わった。
日頃本当に何もしないのに、こういう時だけ勘で動く8人。
外見だけは良いから…。
生徒会としての評判は上がる一方だ。
私個人としては、すっごく複雑だけれども。
放課後、生徒会室に来た。
「今日の放課後は、生徒総会の反省会を行うよ!」
生徒総会終了後、会長の梁瀬先輩が言っていたのだが…まぁそうよね。
部屋には私以外…誰もいなかった。
「何なのホントに」
イライラする。
私だって暇じゃないのに。
ここで無駄な時間を過ごすくらいなら、部活に行ってプログラミングの勉強をしたい。
そう思う一方で、梁瀬先輩が本気で反省会なんてするわけがないという思いも、心の中にはあった。
「…帰ろ」
鞄を持って生徒会室から出ようとすると、扉の窓に人影が映る。
「…渡里」
「…………長谷田先生」
静かに開いた扉から、長谷田先生が入ってくる。
結局この人は、生徒総会の間ずっといなかった。
意味が分からない。
生徒会担当なのにね。どこにいたのかな。
「反省会は終わった?」
「…終わったどころか。いつも通り誰も来ていませんよ」
吐き捨てるようにそう言うと、長谷田先生は椅子に座った。
「まぁそりゃ、今年の総会の準備は俺とお前がやったんだから。あとの8人は反省もクソも無いよな」
「……え?」
俺とお前。
先生と私。
やっぱり、あの後の準備をしたのは…長谷田先生だったのかな。
「セッティングとかやったの、先生ですか?」
「だからぁ。そうだって言ってんの。お前が逃げるから、やる人いなくなって困ってな」
……何その、私の仕事なのに放棄したから代わりにやったみたいな言い方。
あと8人に責任は無いの?
…ムカつく。
めちゃくちゃムカつく。
「…帰ります」
「え、何で。俺と反省会しようよ。反省点、聞いてやるから」
「残念ながら私には反省することがありません。さようなら」
「え、待てって」
先生の声を無視して生徒会室から出た。
…バカらしい。
先生は自分の行動について思い返して、1人で反省会をしていてくれ。
生徒会室を出て、今日もコンピュータ室に向かう。
部屋に入ると、香織が飛んできた。
「紗奈、総会お疲れだったね!! 結局、セッティングとかしたのは誰だったの?」
「あれね、長谷田先生だった」
「マジで?」
香織に話していると、また自然と1年生と3年生も近付いてくる。
「しかし、あの会長挨拶無いよね。いっぱい準備をしましたぁって、お前何もしていないの知ってんだぞ!! ってなった」
「わかる。私も度胸があれば野次でも飛ばすレベルだった」
「度胸が無いね」
「そうそう、残念ながら」
先輩たちは思い思いに話す。
はぁ…何故かなぁ。
情研部の先輩と生徒会の先輩。
同じ3年生なのに…どうしてこんなにも違うのだろうか。
「お、渡里。今日はお疲れさん」
「峯本先生…」
コンピュータ室に入ってきた先生は、真っ直ぐ私の方に向かってきた。
「朝、詳しく話せなかったけどさ。昨日俺が長谷田のところに行った時、既に総会のセッティングをしていたんだよ。全部1人で。だけど、それはそれだから。喝は入れておいた。その言葉がどのくらい響いたかは分からないけどね」
「先生…ありがとうございます」
「繰り返すけど、響いたかどうかは分からないよ。さて、今日の勉強を始めようか~」
そう言いながら峯本先生は教壇の方に向かって歩き始めた。
まぁ、そうね。
さっきの生徒会室での様子を思い返す限り…残念だけど、峯本先生の言葉は響いていない。
私に対して態度が悪いとか言うけれど、そんなの先生もだよ。
「…紗奈、大丈夫?」
「……あぁ、ごめん。大丈夫!」
先生から今日の課題が配られていた。
プログラミング言語の穴埋め問題。
言語は…自由選択か。
「この問題、解ける気がしないんだけど」
ボソッと呟く香織。
それを聞いた先生から言葉が飛んできた。
「白石、解く前から諦めるなよ~。やればできる。No problemだ」
「先生! アイ ドント ノーです」
「違う。I don't knowなぁ」
「何その発音。ノープロブレム!!」
「No problem」
ギャグみたいな会話を小耳に挟みつつ。
問題を解きながら考えた。
…生徒総会の議事録をまとめなきゃ。
花壇の草抜きもしなきゃ。
もうすぐ挨拶週間だし。
いつ立哨をするかも考えなきゃ。
生徒会って、やることてんこ盛り。
…辛い。
本音は、辞めたい。
だけど、辞められない。
翌日の放課後。
いつも通り生徒会室に来た。
相変わらず部屋には誰もいない。
今日は議事録の作成と、花壇の草抜きをするんだ。
まずはジョウロを持って花壇に向かう。
以前よりも背丈の伸びた向日葵。
今日も沢山話しかけながら水をあげる。
「今日はね、簿記が2時間もあったんだ。私、簿記が苦手だからさ…頭が爆発するかと思ったよ」
「…仕訳をして貸借対照表と損益計算書を完成させるんだけどねぇ…最後の当期純利益が合わなかったの。これどういうことかって、途中の仕訳をどこか間違っているわけ。もうね、全てやり直し。やばくない?」
「………」
当たり前だけど、向日葵は何も言わない。
そして、向日葵に話し掛ける自分が面白すぎて、思わず笑いが零れる。
「とはいえ…向日葵には簿記が何かも分からないよね。ごめんね」
長い花壇にひたすら水やりをした後、今度は端から草を抜いて行く。
無心でできるこの作業。
少し、楽しい。
「……おい……渡里…」
「…え?」
後ろから呼ばれた私の名前。
振り返ると、少し先に長谷田先生が立っていた。
「お前…何してんの」
「…何って……。見て分からないのなら、言っても分かりません」
「はぁ? お前さぁ……その態度やめろって」
「なら、先生も私に対するその態度やめてください。不快です」
「……」
視線を長谷田先生から花壇に戻し、草抜きの続きを行う。
「……」
先生は無言で花壇の前に座り込み、同じように草を抜き始めた。
「……どういう風の吹き回しですか。先生に居られると邪魔です。ここから消えて下さい」
そう言っても、先生は動く気配が無い。
ひたすら草を抜き続けている。
「…だから、それ。お前の態度、マジで可愛げ無さすぎ。大人しく一緒に作業させろよ」
知らんわ。
大体、可愛げってなによ。
先生個人の尺度で私に意見してきて欲しくない。
「…分かりました。では、ここは先生に任せます。私は他にもやることがあるので生徒会室に戻ります」
「はぁ??」
「可愛げが無い私がここから消えますね。後はお願いします」
「え、いや。ちょっと待てって渡里!!!」
そんな先生の声を無視して、私は生徒会室に戻った。
…何を今更。
草なんか抜いちゃって。
どういう風の吹き回しなのか。
今更、生徒会の活動に参加しようなんて。
遅すぎるんだよ…。
生徒会の行事の1つ。
挨拶週間の立哨。
7時半から8時20分まで、校門のところに立って挨拶をする。
本当なら。
生徒会の、9人全員でね。
「おはようございます」
私1人、校門に立って挨拶をしていた。
登校してきた生徒会メンバーが何人か通過したが、笑いながら校舎に入って行く。
要は、無視だ。
「えぇ渡里ちゃん、おはよう!!! 立哨も1人!?」
「先輩…おはようございます。相変わらずです」
「ちょっと、私らもやろうや!」
「良いね!」
情報研究部の先輩。
星乃部長と、澤村副部長。
2人は鞄を置いて、私の両端に立った。
「え、先輩…生徒会じゃないのに申し訳ないです」
「良いの!! 可愛い後輩が1人で挨拶している方が耐えられない!」
2人の優しさに胸が痛む。
生徒会のメンバー。
この人たちはこの光景を見ても何も思わないのだろうか。
「たまには挨拶するのも良いね」
「生徒会メンバーがスルーして校舎に入って行くのは気に入らんけど」
3人で挨拶を続けていると、香織も登校して来た。
「え、挨拶しているのですか? 何で!?」
「渡里ちゃんが1人で挨拶しているのを見たらさ、私たちも挨拶をしたい気分になったからさぁ! 渡里ちゃんに便乗したの! ほら、白石ちゃんも挨拶するよ!」
挨拶したい気分。
そんな気分、一生やってこないことくらい分かる。
全て、私の為…。
香織は状況を察して大きく頷き、先輩の隣に立った。
「なるほど、分かりました!!! そう言えば、私も挨拶したかったかも!!」
生徒会というか、情報研究部による立哨。
後から登校してきた1年生も合流し、最終的に6人になっていた、
「先輩を始め、皆さん…本当にありがとうございます。心強いです」
「何言ってんの! 挨拶したい気分だったって言っているでしょ?」
みんなが頷きながら微笑んでいる。
何て温かい部活なのだろう。
本当、生徒会とは大違い。
そろそろ8時20分になろうかという頃。
校舎の方から1人の先生が近付いて来た。
「あ、長谷田先生」
「先生、今更来てどうすんの?」
ゆっくりと歩いて校門に近付いてくる。
先生は少し俯いていた。
「……生徒会の立哨、元気があって良いねって褒められたんだ。それで来てみたんだけど…生徒会というか……」
「我々、情報研究部です」
「…だよな」
星乃部長は私の腕を引いて、長谷田先生の前に移動する。
その両端に澤村副部長と香織、1年生も立った。
「渡里ちゃん1人で立哨してたよ。先生、おかしいと思わないの? 生徒会って名ばかりで、全く機能していないじゃん!!」
「……いや、違う。あれだろ。いつ立哨するか、生徒会内で共有できていないから誰も来ないのだろ。日付を決めて共有しない渡里が悪い」
………あ、そう。
やっぱり先生の中では、全て私が悪いことになっているんだ。
…もう良いけど。別に。
諦めて無言を貫いていると、先輩と香織が声を上げた。
「長谷田先生。いつも渡里ちゃんから生徒会の事情を聞いているよ。この際言わせてもらうけどね、今の生徒会は本当に有り得ないよ。渡里ちゃんが真面目だからどうにかギリギリで維持できているだけで、生徒会崩壊だよこんなの」
「それなのに…日付を決めて共有しない渡里ちゃんが悪いだって? 長谷田先生、最低だよ」
「先生なのに。生徒会活動に参加しない生徒を指導せず、真面目に取り組んでいる紗奈に当たるなんて。長谷田先生…他の8人から、弱みでも握られてんの?」
先生は何も言わず、ただ目を閉じている。
何かを考えているようだった。
「まぁいいや。みんな、戻るよ」
そんな星乃部長の一言でみんなは校舎の方に向かって歩き始める。
私もみんなと一緒に歩き始めると、名前を呼ばれた。
「…待ってくれ、渡里」
先生は立ち止まったまま、こちらを見た。
「生徒会担当教師は、俺だ。お前には俺の言うことを聞く義務がある。俺が言うことは、確実に遂行しろ。決め事は、渡里から他の8人に共有する。俺からは、言わない。絶対」
………。
…は?
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
この人、何言ってんの?
え、何?
長谷田先生は生徒会担当教師としての仕事を放棄して、私にやらせようとしているという認識で良い?
…何と答えれば良いのか分からない。
何も言えず黙り込んでいると、星野部長が口を開いて先生を一刀両断にした。
「グチグチ煩いなぁ!!! 偉そうに俺様ぶる前にやることあるだろ!! 残りの8人への指示や指導はお前の仕事だし、そもそも1人で頑張っている渡里ちゃんに対して、そんな態度で良いと思ってんのかよ!!! お前、教師向いてねぇな!!!!!!」
お……おぉ…。
私も口が悪い自覚があるが、星乃先輩はそれ以上かも。
ビックリしすぎて固まっていると、長谷田先生は溜息をついた。
「…星乃、お前も態度が悪いわ」
その一言を言い残して、校舎に向かって走って行った。
「星乃部長…それにみんなも、ありがとうございます」
「良いってことよ。長谷田がクソなのが良く分かったし」
6人で集団になってキャッキャと声を上げながら昇降口に向かう。
優しい先輩に、後輩に…友達。
私、情報研究部で良かった。
心からそう思った。
………長谷田先生。
私、許せないかも。
ミンミンと蝉が鳴いている。
夏休みの学校は静かで、虫の鳴き声がよく響く。
部活の為に学校に来た私は、コンピュータ室に向かう前に『商高花壇』に来ていた。
元気に大きな黄色い花を咲かせている向日葵。
長い花壇に等間隔で咲いている向日葵は圧巻だ。
「紗奈、おはよ!」
向日葵に見惚れていると、後ろから人が突撃して来た。
「香織、おはよう」
「これ生徒会が管理している花壇よね。向日葵こんなに咲いて凄いじゃん…!」
「私が育てました」
「さすが紗奈! もうこの花壇にさ、紗奈の写真でも立てといたら? あれ、お野菜の生産者みたいに! 私が育てましたって」
「何それ、めっちゃ面白い」
そんなこと言いながら、コンピュータ室に向かって歩き始める。
外は汗が噴き出るほど暑かったが、校舎内は少し涼しくひんやりしていた。
「挨拶週間から生徒会の方は何かあった?」
「いや、無いよ。とりあえず文化祭準備まで生徒会の出番も無いし。あれから長谷田先生とも会っていない」
「まぁそうか。ここ最近、最初からずっと部活に来ているもんね!!」
夏休みが終われば、文化祭の準備シーズンに入る。
そうなると、生徒会の方がまた忙しくなる。
どういうプログラムで、どんな風に行うか。
それを決めて実行するのも、生徒会の役目だ。
「…ふぅ」
今年の文化祭がどうなるか。
全て、長谷田先生の腕に掛かっている。
私は…知らね。
「おはようございまーす」
コンピュータ室に入ると、既に星乃部長と澤村副部長、そして峯本先生がいた。
「あ、渡里ちゃんと白石ちゃんおはよ。ちょっと来て来て」
「はーい」
部長に呼ばれ、近くに寄る。
3人はスマホで動画を見ていた。
「え……これ、長谷田先生ですか?」
「そう。峯本先生が撮ったの」
盗撮…。
そんな言葉が過るが黙っておく。
動画の中の長谷田先生は、学校内の色々な箇所を掃除していた。
「何で長谷田先生が掃除しているのですか?」
…その問いの答え、私には分かる。
「…夏休み中の校内清掃は、生徒会の仕事だからです」
知っていたけれど。
私はその清掃を放棄していた。
掃除くらい…と言ったら言い方が悪いけれど。
生徒総会の準備などと比べて、掃除はそこまで重要ではないから。
やらなくていいや。…そう思っていた。
「俺が何故これを撮ったかって、長谷田も何だかんだ言いながら成長してるって伝えたくて。…あの、挨拶週間の時、まさかうちの部員が立っていたとは思わなくて。話を聞いた時は本当にビックリしたんだ。だけど誇らしくもあったよ」
「星乃が長谷田にきついこと言って叱ったんだろ? だから、君らに見せておこうと思って。あれから少しずつ、改心してるんじゃない?」
複数動画がある。
昇降口を箒で掃いていたり、棚や窓を拭いたり。
教室以外の共有部分を中心に掃除していた。
「けどおかしくない? 自分でやるくらいなら、生徒会のメンバーを指導してやらせればいいのに」
「そこまでして指導しない理由って何だろう」
…確かに。
長谷田先生はあの8人の指導をせず。
真面目にやっている私を咎めて…周りから指摘されたら、自分が活動を行うなんて。
全く、意味が分からない。
「まぁ、とにかく。そういうことだから。今後はこれ以上あまり言ってやるなよ。長谷田が可哀想だから」
その言葉に星乃部長が飛び跳ねた。
「はぁ!? 可哀想なわけあるかい!! 可哀想なのは渡里ちゃんだよ!!」
そうだそうだ!!
と、みんなが野次を飛ばす。
私も同感だ。
長谷田先生が可哀想というのは納得いかない。
「………まぁまぁ、分かったから。星乃、それにみんなも…渡里も。……………俺に、言わないで? ………ちょっとプリント取ってくるね~」
そう言って峯本先生は早足でコンピュータ室から出て行った。
教壇にはプリントの山が置いてある。
「あ、逃げやがった!!!」
…けれど、峯本先生は本当に関係無いからね。
言ったところでどうしようもない。
小さく溜息をついて、自分の席に座る。
私の脳裏には、さっき見た長谷田先生の姿が焼き付いていた。