四季くんの溺愛がいくらなんでも甘すぎる!

「四季くんっ…」

四季くんの部屋に入ってすぐにギュッて抱き締めてくる視線にいつもより熱がこもっている気がして、いつもより余計にドキドキしてしまう。

「なぁに」

「んーん。いつもよりちからが強いんじゃないかなぁって思っただけだよ」

「自分から誘っておいてそんないじわる言うの?」

「いじわるなんてしないもん…」

「そう?」

余裕がなさそうな表情でネクタイを外す四季くん。
そっとシャツに触れたら、ふって笑われてしまった。

「本当にどうしたの?やけに積極的だね」

「久しぶりだから」

「俺と二人っきりなのが?それとも…」

耳元で恥ずかしいことを囁かれて、胸がドクンッて早鐘を打つ。

「シュリが煽ったんだからね?泣き言いわれても聞けないから。覚悟して?」

可愛い、可愛いって呪文みたいに繰り返される声。
甘い言葉を浴びせられるたびに思考がとろけていく。

四季くんの呼吸が深くて速くなっていく。
こうさせてるのは私なんだって思うと愛おしくてたまらない。

「シュリ、本当に可愛すぎるよ…」

「言わないで…!」

「俺を煽る自分のせいでしょ?」

今日の四季くん、いじわるだよ!
私の理性を煽ってるのは四季くんのほうなのに。

「ごめんね?もう優しくできないかも」

「四季くん?」

「ごめん、シュリ。好きにしてもいい?」

「ゃだ…待って…!」

「だーめ。待てません」

塞がれるくちびる。
呼吸も忘れそうなくらい、四季くんの愛を体に覚えさせられる。

「シュリ…シュリ…愛してる。可愛い。絶対離してやんないからッ…」

脳も体も心も四季くんだけになっていく。

全部忘れさせて?
私の世界が全部、四季くんだけになったってかまわない。
「んー。今日のシュリ可愛すぎ」

ワッフル素材のやわらかいケットを掛けてくれながら、
四季くんにバックハグされた。

「四季くんはめちゃくちゃすぎるよ」

「またそんなこと言って煽るの?」

「そんなんじゃないから…」

「こっち向いて」

体をぐるんって反転させられて、四季くんのほうを向いた。
ちゅ、ってキスをされて、おでことおでこをすり寄せた。

「安心する。シュリとこうしてると」

「安心?」

「うん。シュリはずっとここに居てくれるって信じられる」

「そうだよ。私はずーっと四季くんと一緒にいるもん」

「ん。大好き」

眠ってしまいそうな穏やかな時間だった。

冷房が効いているけれど、四季くんの体温が心地よい。
あんなにうるさいセミの声だって、遠くの世界みたいに気にならない。

「お泊まり、本当にするの?」

「いや?」

「嫌っていうか…やっぱ男の人の中に自分だけなんて…」

「シュリはずっと俺と一緒にいればいいよ」

「四季くんは嫌じゃないの?」

「ごめんね?シュリと一晩中いられるってことがうれしくて。本当に嫌ならやめようか?」

「…ううん。絶対一緒にいてくれる?」

「当たり前です」

「ふふ。ありがと」
それからぎゅーって抱きついたまま、
二人でお昼寝をした。

ドキドキしたり、嫉妬して胸がチクンってしたり、
でもギュッてされると安心して気持ちが穏やかになる。

四季くんは私に恋を教えてくれた。

自分ばかりが大切にされたい、
自分だけを見てて欲しい、
そんな自分よがりの過去の恋を忘れさせてくれる。

この人を守りたい。
幸せでいて欲しい。

四季くんを想う気持ちがどんどん大きくなっていく。

私じゃ四季くんを誰よりも幸せにしてあげることはできないかもしれないけれど、
一番の味方は私でいたい。

だって四季くんが私にとってのそういうひとだから。

お昼寝から目覚めたとき、
先に起きていた四季くんがやわらかく微笑んで「おはよ」って囁いた。

もうすぐ五時になりそうだった。
全然おはようじゃないんだけど、なんだかすごく幸せそうな四季くんの表情に心が軽くなっていく。

「寒くない?冷房」

「平気」

「ん。寒かったら俺にくっついてなね」

「四季くんの体温奪っちゃうよ」

「いいよ。ぜーんぶあげる」

「死んじゃうよ」

「死にません」

声を出さないで、二人でケットにくるまってくすくす小さく笑い合う。

私と四季くんだけのこの空間が、奇跡みたいな時間に思えた。
八月に入って、最初の日曜日。

ついに今日は四季くんのおうちでお泊まり会だ。

四季くんのママも休日だから、
おうちに居てくれることにものすごくホッとした。

「四季ママ、お久しぶりです」

「シュリちゃんー!会いたかったわ。さ、上がって。もうみんな来てるのよ」

「おじゃまします。これ、良かったら」

「あら。私の好きなマカロン!さすがシュリちゃんね」

通されたリビングでは、コの字型のソファでみんなが寛いでいた。

「シュリ、いらっしゃい」

四季くんが自分の隣をぽんぽんってして呼んでくれた。

珍しく皐月くんは四季くんにくっついてなくて、
四季くんの向かいに海斗さんと並んで座っている。

「シュリちゃん、宿題ちゃんとやってんの?」

「うっ…皐月くん、今日はその話題はいいじゃない?」

「しーちゃん、ちゃんと面倒見てあげなきゃだめだよ!?」

「はいはい」

「皐月くんはどうなの?三年生でも宿題は普通にあるでしょ?」

「ぼくはかいちゃんに見てもらってるからヨユー。かいちゃん頭いいもん。どーしてもって言うならシュリちゃんの宿題も見てもらおうか?」

「おい、俺は暇人じゃないぞ」

「シュリはいいの。俺が見るの」

なぜか対抗してちょっと拗ねてる四季くんが可愛かった。
「あの、海斗さん。今日お仕事は…?」

「休みだけど?」

「休み…」

ヤクザさんにもお休みの日とかあるんだ。
そもそもあちらの世界の概念や常識が不明だけど、
ヤクザさんにも出勤とか欠勤とかあるんだろうか。
有休………は、さすがに無いよなぁ。
そもそもヤクザさんって給料制なの?

「シュリ?どうした、眉間に皺寄せて」

四季くんに眉間を人差し指で押さえられた。
そんなに悩んでる自覚はなかったんだけど。

「ねー、ごはん行かない?お腹すいちゃった」

「皐月、なに食べたいの?」

海斗さんが皐月くんに聞いた。

海斗さんの雰囲気や、黙認している四季くんを見ていると、
やっぱり皐月くんは末っ子の立ち位置なんだって思う。

皐月くんは四季くん絡みで私にいじわる言うときもあるけれど、
根がわがままなわけじゃない。

嫌なひとでもないし。

それでも皐月くんを甘やかしたくなる気持ちはちょっと、分からないでもない。
先輩なのに、不思議なひと。

「なーんか味の濃いものが食べたいかも。くちが甘い」

「そんなもん舐めてるからだろ」

海斗さんが皐月くんのくちから棒付きキャンディーを引き抜いた。
なんの躊躇もなく、パクッとくわえる。

「あま」

え…?って思ったけれど、誰も何も言わないから声には出せなかった。

付き合いが長いとこういうものなの?
女子同士でもそんなことあんまりないけど…?
「適当にファミレスとかでいいんじゃん?なんでもあるし」

「うん。それでいいよー」

ソファから立ち上がって、リビングから出る。

こうやって見ると広い玄関だな。
誰かが靴を履くのを待っていなくても、みんなでできるんだもん。

「母さーん!飯、食ってくるー」

二階のお部屋に居るらしい四季ママに、四季くんが大声で言った。
ちょっと遠くのほうから「はーい」って声が返ってきた。

「うぇー…あっつい」

皐月くんが空を見上げて、すぐに顔を俯けた。

道の先まで、日陰はどこにも無い。
だけどそんなことはどうでもいいって思えることを海斗さんがすぐに言ってくれた。

「突っ立ってないで早く乗れよ」

四季くんのおうちのガレージ。
車が三台停まっている。
そのうちの一台が、見覚えのある海斗さんの車だった。

そうだ。
海斗さんは車で来てるから、ファミレスまで歩く必要がない。
本当に助かった。
命の救世主!

「海斗、さっすがー」

「かいちゃんがいなかったら、ぼく死んでたかも…」

車に乗り込んで、海斗さんはすぐにエアコンをつけてくれた。

助手席に皐月くん、
後部座席に私と四季くんが座った。

「車ってエアコンつけてもしばらくモワッとしてるよね」

「皐月、ぐずるなよ」

海斗さんが言いながら、ハンドルに右手を添えたまま、
スッと皐月くんに体を寄せた。

傾けられた首。

後部座席から、その動きがスローモーションみたいに見えた。

「………え?」

「海斗ー、早く車だしてよ。お腹すいた。ね、シュリ?」

「いや…だから、え…?」

「シュリ?どうした?」

「どうしたって…いやいやいや、なんで?」

「なに、シュリちゃん。おかしくなっちゃった?」
え?今…絶対キスしたよね!?

なんで誰も何も言わないの?
仲がいいとかって次元じゃないよね?

「いや…キス…」

「おい、四季。まさかシュリちゃんってまだ処女?最後までヤッてないの?」

「なに言ってるんですか!」

「キスくらいでうるさいから」

「いやいやいや…そりゃ驚きますよ。なんで!?」

「げー。シュリちゃんってもしかして″そういうの″、理解無い派?」

「そんなんじゃないよ!いきなりだとびっくりするよ。あの…お二人は付き合ってるんですか?」

「あー、シュリごめん。ちゃんと言ってなかったっけ?」

「聞いてない…」

それで全てに合点がいった。

海斗さんが学園に来ていたとき、本当に皐月くんを迎えに来たんだってことも、
いつもは四季くんにベッタリの皐月くんが、海斗さんがいるときは四季くんから離れていることも。

皐月くんがみのりちゃんに言った「恋人」って、海斗さんのことだったんだ。

みのりちゃんのことをアピールしていたときに、四季くんが「女に興味あったんだ」って言ったのも、そういうことだったんだ。

私がこのお泊まり会に参加しても四季くんが不安じゃなかったのは、
皐月くんと海斗さんが恋人同士だから、間違いは起こらないって信じられたんだ。

「そうだったんだ…そっかぁ…びっくりした」

そんな私のくちに四季くんがちゅ、ってした。

「見せつけられたから」

にこって微笑む四季くんに、皐月くんは珍しく怒らなかった。
可愛い八重歯をニッて見せて、「しーちゃんってシュリちゃんのことになるとムキになるよね」なんて笑っている。

あー…このお泊まり会、すごくカオスなことになりそうです…。
「あそこ入ろう」

駅前からもそう遠くない、大通りに面しているファミレスの駐車場に海斗さんは車を停めた。

ハンバーグとステーキがおいしいファミレスで、
サラダバーも充実してるから、夕凪とも来たことがある。
でも、高校生が頻繁に利用できる金額設定ではないから、テストが終わっただとか、何かにかこつけて来るって感じのファミレスだ。

「わーい。かいちゃんの奢りー?」

「当たり前だろ」

「さすが大人!」

「いやこいつのほうが金は持ってんだろ」

海斗さんが四季くんを顎でしゃくった。

四季くんは「やらしい大人」って言いながら車を降りた。

ファミレスの中はちょっと肌寒いくらい冷えていて、外との温度差がすごい。

夏休みだし、日曜日だから三十分くらい待って、私達は席に通してもらえた。

…んだけど、通された六人まで座れる広いテーブル。

通路を挟んでその隣の二人掛けの席に座っていたのは、
夕凪とみのりちゃんだった。

「あれ…シュリ!?」

「二人とも…来てたんだ…」

「うん。今日ね、一緒に宿題するんだ。シュリはお泊まりだって言ってたから誘わなかったんだけど。すっごい偶然!」

すでにソファに座っている四季くん達を振り返った。
四季くんが皐月くんに「席、変えてもらう?」って囁いたのが聞こえた。

皐月くんは首を横に振った。

夕凪もちょっと気まずそうな顔をしている。

なのに、みのりちゃんだけが笑顔を貼り付けて、立ち上がった。
「星乃先輩!奇遇ですね!」

「え…あ、うん。そうだね」

急にみのりちゃんに話しかけられて、さすがの四季くんも困惑している。

四季くんはみのりちゃんが自分のことを好きになっていることを知らない。
皐月くんのことを見向きもしなくなったみのりちゃんを不審がっている。

「男性だけで盛り上がりたいだろうに…女子がいたら雰囲気壊れません?」

「なんで?」

「女子がいたら話せないこともあるじゃないですか?」

「いや、無いよ?シュリがいなきゃつまんないから」

「…へぇ。三神さんって彼氏に気を遣わせるタイプの彼女なんだ」

面白くなさそうに、みのりちゃんは自分の席に戻った。

「いい加減にしなよ。食べたらすぐに出よう」

夕凪がみのりちゃんを嗜めてくれる。

四季くん達が座っている席に私も座ったら、スマホにメッセージが届いた。
すぐ近くにいる夕凪から「ごめんね」って送られてきている。

目が合った夕凪に、私はにこって笑いかけた。

「ねー、かいちゃん。ぼく、ハンバーグもステーキも食べたい!」

「好きなの食べな」

「やったー。あとドリンクバーとサラダバー!」

「小さいのによく食べるなぁ」

「はー?全然小さくないし」

心なしか、皐月くんの声が普段より大きい。
きっとまた雰囲気を変えてくれているんだ。

こういうときにいつも皐月くんのキャラクターに助けられている。

ありがとうなんて言ったら、何が?ってそっけない態度とられるんだろうな。