四季くんの溺愛がいくらなんでも甘すぎる!

四季くんは私の家の近くまで送ってくれた。

久しぶりに二人っきりだって言ったから、
てっきり四季くんのおうちに行くんだと思ってた。

「もう帰っちゃうの?」

「やっとテストが終わったんだからゆっくり休んで」

「でも…やっと二人の時間なのに」

「俺さ、シュリの前ではやさしい男で居たいんだよね」

「四季くんはやさしいよ?」

「落ち込んでる彼女を襲うみたいな、見境ない男にはなりたくないの」

「襲うなんて」

「同意のもとであっても、だよ。シュリが安心できる存在でありたいんだよ。だから、」

「だから?」

「我慢してる」

へへって笑った四季くんは無邪気で、なんだか可愛い。

「ありがとう、四季くん。味方でいてくれて」

「当たり前じゃん」

「でもね、みのりちゃんは悪くないの」

「シュリに嫌なこと言ってたよ?」

「聞こえてた?」

「あんなに大きい声だったもん。さすがにね」

「そっか…。私ね、みのりちゃんの言う通り、偽善者だったかもしれない」

追い風に吹かれた私の髪を、四季くんの指がすくった。

耳にかけた髪を押さえて、親指ですっと頬を撫でられる。
「でも皐月とのこと、応援したかったんでしょ?」

「私の言い分はそうだけど、正しいのはみのりちゃんだよ。勝手に好きなひとの前で自分のこと喋られたら不愉快だと思う。みのりちゃんにとって私は友達…じゃないし…気持ち悪いと思う。みのりちゃんが言ったみたいに、私が四季くんの彼女で、皐月くんとも繋がりがあるから優位に立った気でいるんだって思われてもしょうがないよ…。それに皐月くんの気持ちも無視しちゃってるし」

「いさせてもらってるのは俺のほうだよ」

「え?」

「シュリの彼氏でいさせてもらってるのは俺のほうだよ」

「そんなこと…!四季くんは人気者で完璧だし、性格だってすっごくいいのに私みたいな子にはもったいないよ…」

「俺のだいじなひとをそんな風に言わないで」

困ったみたいに眉を下げて、口角だけで笑う四季くん。
寂しそうな表情をしてる。

「保健室で会った日。シュリは俺を救ってくれたんだよ」

「助けてくれたのは四季くんでしょ?手当てまでしてくれたし」

「そうじゃなくて。今日からはシュリのために生きるんだって思ったから、死なずに済んだ」

「なに言ってんの!ほとんど初対面だし、それに他の子だったらその子と付き合ってたかもしれないじゃん。っていうか初対面でそんな風に思えるなんて変だよ」

「運命、ってバカみたい?」

「運命?」

「そ。なんでか分かんないけどさ、この子だ!って思っちゃったんだよね。俺の寝顔をジッと見下ろして、きれいって呟いたの、覚えてる?」

「そんなこと言ったんだ…」

「うん。きれいって言ったまま、シュリの静かな呼吸音が聞こえてた。どのタイミングで目を開けようって、でも心臓がバクバク鳴ってるし、我慢できなかったんだ」

「そうだったんだ…」
「シュリの目を見た瞬間に、ここから離したくないなって思ったんだ」

「四季くん、あの日なにがあったの?」

「なーいしょ」

「内緒?」

「うん。シュリは知らなくていいことだよ」

「そんなのヤだよ!隠し事は寂しいな…」

「んー。俺もシュリに隠し事されたら悲しくなっちゃうけどさ。ごめんね?シュリに知られたくないこともあるんだ。今はまだ…知られる勇気がない」

「…分かった。四季くんが悲しい気持ちになっちゃうなら聞かない」

「ほんとに?」

「うん。四季くんの過去を知って嫌いになんてなんないけど、一緒に生きてくこれからのほうがだいじだから」

「ふふ。やっぱ好きだな。シュリのこと」

「やっぱ、ってなに?」

「嘘です。本当に、大好きだよ」

「ん」

「じゃあまた夜に電話するな?」

「うん。待ってるね」

私から背伸びして四季くんにキスをしたら、
四季くんは人通りもあるのにギュッと抱き締めてきた。

「反則だって。我慢してんだから」

「ごめんなさい」

「はー…大好き。シュリ、一生俺のそばに居て欲しいな」
月曜日。

登校していたら教室に行く階段で夕凪とみのりちゃんにバッタリ会った。

「あっ…夕凪…おはよう」

「シュリ、おはよ!」

「朝から委員会だったの?」

「うん。もうそろそろ教室行くよ」

「そっか。待ってるね。…みのりちゃん、おはよ…」

「…」

「あのねっ…!この前はごめんなさい。私、みのりちゃんの言う通り、嫌な感じだったかもしれない。もうしない。でもね、バカにしてるとか見下してるとかは絶対にないから!それだけは信じて欲しいな…」

「…本当に、私が自分じゃ何もできないって思われてるみたいで不愉快だから」

「ごめんなさい…。ただ応援したかっただけなの」

「もういいよ。その代わり絶対に邪魔しないでよね。夕凪、行こう」

「ちょっとみのり…!」

私に両手を合わせながら、夕凪はみのりちゃんを追いかけた。

気持ちがチクンってする。
最初に嫌なことをしてしまったのは私なんだけど、
みのりちゃんと友達にもなれなかったな。

もしも皐月くんとのことが叶ったら、
私の話も聞いてくれるようにはなるのかな。

…そんな風には思えないけれど。
「四季くん、なに読んでるの?」

お昼休み。

午前中に戻ってきた数学のテストの答案用紙を持って、四季くんと待ち合わせた図書室に向かった。

四季くんは読んでいた本を閉じて、
表紙を見せてくれた。

有名な童話。
時々挿絵が入ってるページがあって、読みやすい児童書だった。

四季くんが児童書を読んでるのは珍しい。

「好きなの?」

「ううん。誰かが棚に戻し忘れたみたい。ここに置きっぱなしだったから、シュリを待ってる間に読んでただけ」

「そっか」

「それで?どうだったの?」

四季くんの隣に座って、私は持っていた答案用紙を、裁判の「勝訴!」みたいな感じで広げて見せた。

「おー。六十五点!」

「えへへー。赤点回避だよ!」

「よく頑張りました」

「イイ点数とは言えないけど。補習も回避できたし、四季くん本当にありがとう。あとで皐月くんにもお礼言わなきゃ」

「皐月?」

「四季くんが勉強教えてくれてるとき、ずっと一緒に待っててくれたから」

「あはは。いい子だね」

「ね。皐月くんってたまに…いじわる言うけどやさしいよね」

「違うよ。シュリがいい子だねって」

「私?」

「もちろん皐月も分かりにくいけどいい子だしやさしいよ。でも、ひとにちゃんと感謝できるシュリもいい子」

「そんなの当たり前だよ」

「当たり前のことを当たり前にできることがいい子なの」

本当に四季くんは私に甘すぎるよ。
みんなが普通にしていることをこんなに褒めてくれるなんて。

これも彼女の特権なんて言われちゃうのかな。
…それでもいい。
四季くんを他の子に取られちゃったら生きていけない…。
「しーちゃんっ、かくまって!」

四季くんが教えてくれたところがいっぱい出たことにお礼を言っているときだった。

皐月くんが走ってきて、四季くんの隣に座った。

「皐月?どうした?」

「もーっ!あんなのストーカーだよ!」

「ストーカー?」

「シュリちゃん、ストーカー?なんてのんきに言ってないでどうにかしてくんない?友達なんでしょ?」

皐月くんが言っていることをすぐには理解できなくて、図書室を見渡した。

私達が座っている長机から数メートル離れた場所に、みのりちゃんがいた。

両手でだいじそうに何かを抱えている。

「みのりちゃん?」

「あの子、ぼくのこと好きだったんだね」

四季くんの体に隠れるようにして、皐月くんは声をひそめた。

「皐月、マジで気づいてなかったの?」

「他の女の子とおんなじかなって思ってたんだよ。でもあの子はマジみたい」

「皐月くん…何かされたの?」

「ぼくのこと、いっぱい盗撮とかしてるみたい」

「はぁ?」

四季くんが眉間に皺を寄せて、
皐月くんとみのりちゃんを交互に見た。

みのりちゃんがちょっとずつ私達に近づいてくる。

「ヒッ…」

皐月くんがホラー映画を観てるときみたいな声を出した。
「みのりちゃん?どうしたの?」

「なーんでいつも三神さんがいるかなぁ」

「うちの皐月になんか用?」

「星乃先輩、こんにちは。今日は若葉先輩にそろそろ私のこと知ってもらおうと思って」

「君の何を知ればいいの?風紀委員でシュリちゃんの親友の友達で、シュリちゃんのことを嫌ってる。それでいいでしょ!」

うぅ…。
私を嫌ってるってことまで言わなくていいのに…!

「私、ずっと若葉先輩のファンでした。だから初めて先輩と言葉を交わしてもらったときに恥ずかしすぎて逃げちゃったんです」

「覚えてるよ…」

「そしたら三神さんが偽善者ぶって余計なことするから」

「シュリは君に協力しようって思っただけでしょ?悪気は無いんだ。許してあげてくんない?」

「ひとを殺しても悪気が無ければ許されるんですか?」

「そんな極端な…」

小さく呟いた私を、みのりちゃんは見慣れた顔で睨みつけた。

「友達でもない、よく知らない子に自分のことを勝手に好きなひとに喋られてるって、すごく気持ち悪いです」

「それは本当にごめんなさい。デリカシーがなかったなって本当に反省してる」

「別に…シュリちゃんはベラベラ喋ったわけじゃないよ。みのりちゃんって可愛くていい子なんだとか、そんなことを言っただけだよ。そこまで言わなくても…」

皐月くんを見た。
私をかばってくれるなんて珍しい。
素直にうれしかった。

でも、悪いのは本当に私だから。
みのりちゃんが怒っても当然だと思う。
「他人に勝手にバラされるくらいなら、自分で行動しようって決めたんです。だから今日は若葉先輩への気持ちの重さを知ってもらおうと思って」

四季くんに渡すみたいに、持っていたものを差し出した。
A4サイズのスクラップブックみたいだった。

皐月くんは四季くんの袖をギュッと握り締めて、顔を逸らしている。

「なにこれ」

「私のコレクションです」

四季くんがゆっくりとカバーをめくった。

ページいっぱいに貼りめぐらされた皐月くんの写真。

どのページもびっしりと、いろんな表情の皐月くんで埋め尽くされている。

「マジか…」

「どうですか?すごいでしょ?」

「みのりちゃん…これって…」

「あんたにお節介されなくても、アピールできる材料は持ってるのよ。分かった?」

「こんなの間違ってるよ…」

「は?」

「ちゃんと見てよ…。遠巻きに見て隠し撮りして、写真の中に閉じ込めた皐月くんじゃなくて…今の皐月くんをちゃんと見てよ…」

「なに言ってんの?」
四季くんの袖を握り締めたまま俯いている皐月くんは、明らかに怯えている。

写真は学園内だけじゃない。

たぶん皐月くんのおうちの近くとか、
飲食店で食事をしているところとか、

一緒に過ごしていたのであろうひとの顔が塗りつぶされている物もある。

「ねぇ。皐月くんが喜んでいるように見える?」

「うるさいなぁ。偉そうに」

「みのりちゃんは自分がこんなことされてたらどう?」

「若葉先輩がおんなじように私をコレクションしてくれてたら最高でしかなくない!?」

「違うよ!」

「…なんなのよ」

「みのりちゃん、言ったよね?私がみのりちゃんのことよく知らないくせに皐月くんに喋られてて気持ち悪かったって…。それと一緒だよ!ううん…こんなのもっと酷いよ。ストーカーと一緒だもん」

「ストーカー?」

「皐月くんのことコソコソつけ回してプライベートを脅かしてるし、皐月くんはみのりちゃんのことよく知らないよね?恋人でもなければ友達でも…ないでしょ?こんなことみのりちゃんが他人にされてたらどうなの?」

「それはッ…」

「お願いだからやめてあげて…。皐月くんのことを好きなのまでやめろなんて言わない。でも皐月くんのことを思うなら、好きになってくれてありがとうって思ってもらえるような恋をしようよ」