四季くんの溺愛がいくらなんでも甘すぎる!

「しーちゃんとは去年から付き合ってるんだっけ?」

「えっ?あ、うん」

「わー。女避けかな?」

「女避け?」

「しーちゃんモテるじゃん。彼女がいるって牽制すれば誰も寄ってこないし、ラクだよね」

そんなこと絶対に!………無いって言い切れるくらい、自分に自信があるわけじゃなくて言い淀んでしまう。

ジトっと皐月くんを見た私から、皐月くんはふんって目を逸らした。

「…きっかけってなんだったっけ」

「あ…えっと、六月だったかな。体育でバレーやってたんだけど突き指みたいなのしちゃって、保健室に行ったの。そのときね、先生はいなくて、代わりに四季くんがベッドで寝てたんだ」

「あー、なんとなく覚えてる。貧血だったっけな」

「うん。それでね、雨が降ってたのに窓際のベッドで窓を開けたまま眠ってるから、濡れちゃうよって思って、閉めにいったんだ。そっと近づいて…そしたら眠ってる四季くんがあんまりきれいだったから見惚れちゃって…」

「わかる」

「あはは、分かるんだ?それでね、あー、こんなにきれいな男性が存在するんだぁって思ってたら目が離せなくなっちゃって。ジッと眺めてたら四季くんがパチッて目を開けたの」

「寝たふり?」

「うん。本当にそうだったの」

そのときを思い出してクスクス笑う私に、皐月くんはムスッとした。
「そんなに見られたら気になって眠れないじゃんって言われてね。でもあとから聞いたら本当は、私が保健室に入ってきた時点で起きてたんだって。先生も居ないからなんとなく気まずくて寝たふりしてたみたい」

「それで?シュリちゃんの怪我はどうなったの」

「四季くんがベッドから起き上がって、先生なら出てるけどって。どうしたのって聞いてくれたの。そのときには、このひと二年の星乃先輩だって気づいてた。ほんとは寝たふりしてたときから気づいてたんだけど」

「なーんだ。シュリちゃんもミーハーなんだ?」

「ミーハーって言うか!あれだけ人気があったら知らないほうが変だよ」

「ムキになっちゃって」

「もー、皐月くんってほんといじわる」

「はい?」

「なんでもないですっ。それで、バレーで突き指したかもって言ったら、見せてって言われて…。けっこう痛いのに四季くんが引っ張ったり曲げてみたり、まるでおもちゃで遊んでるみたいに扱われてね。なんの根拠もないのに“これなら大丈夫だよ”とか言うの。なんで?って思ったけど、星乃先輩が言うならそうなのかなとか思っちゃって」

「宗教じゃん。洗脳」

「あはは、そうかも。それから先生の代わりに湿布を貼ってガーゼって言うの?こういう…スポって指に被せるやつ、してくれて。そしたら本当に大丈夫かもって思えて…だから言ったの。“ほんとに平気になりました。星乃先輩は魔法使いですか?”って」

「はぁ?魔法使いィ?」

「…自分でもなに言ってるんだろって思ったよ。でも四季くんがふにゃってやわらかく笑って、その…俺、君と付き合いたいなって…」

「………なんで?」

「なんでだろ?」

「理由は?言われたでしょ?」

「いやぁ…うーん………なんかただ、そう思ったからって…。俺のこと知らないかもしんないけど君のこと可愛がりたいなって思っちゃった。だから彼女になってって言われて、本当にそれこそ洗脳されちゃったみたいに頭の中が四季くんでいっぱいになって、ただ“うん”って答えてた」
「シュリちゃんってさ、詐欺師とかに引っかかりやすいかも。気をつけたほうがいいんじゃない?」

「あ…はは…そうかも」

「…しーちゃんが言ったんだ。保健室から戻ってきたときに、彼女ができたって。どういうことって問い詰めても詳しいことは話してくれなかった。ほんとに意味分かんなくて突然現れた女が許せなかった」

「皐月くんは四季くんのことが本当に好きなんだね」

「当たり前じゃん。それ、ぼくに本当に人間なんだねって言ってるみたいなもんだよ」

「なんでそんなに好きなの?」

「なんでとかある?すごく理由が無いと友達をいっぱい好きになったらおかしいの?」

「ううん。素敵だと思う」

「いい子ぶりっこ」

「そんなんじゃないよ!」

「なーに喧嘩してんの?」

「四季くん!」

「つめたっ!」

四季くんが持ってたアイスを首にぴとって当てたられた皐月くんはベンチから立ち上がった。

私と皐月くんの間に四季くんが座った。

「なに話してたの?」

「んー、四季くんはかっこいいよねって話」

「なにそれ」

目を細めて微笑む四季くん。
はい、って私の好きなフルーツティーのペットボトルを渡してくれる。

「皐月、半分ちょーだい」

パキッて二つに分けられるアイスの半分を皐月くんが四季くんにあげた。

半分こして得意げに私を見てくる皐月くんは、年上なのに弟みたいに見えた。
週明けの月曜日。

大嫌いな数学の時間。

夏休み前の期末テストが終わったばっかりなのに数学の小テストをするって先生が言って、教室中がザワザワと騒がしくなった。

期末テストの数学の平均点が、学年全体で低かったから、らしい。

最悪…。
中学の頃から数学の成績が致命的に悪くて、
受験の時だって死ぬほど勉強してどうにか…って感じだった。

もちろん期末の順位だってたぶん下から数えたほうが早い。

成績上位者は職員室前に名前が張り出される。
四季くんは三年生の中で二位だった。

その名前の写真を撮ってる女子までいた。

「先生、その小テストの結果って…」

聞いた夕凪に、先生が「夏休みに補習よ」って言った。

教室の喧騒は大きくなった。

夕凪が眉間に皺を寄せて、私のほうを振り向いた。

夕凪は成績優秀だ。
心配することなんてなにも無い。

あれは完全に私の補習を案じている顔だ。

私だって、そう思う。

チャイムが鳴って、先生が教室から出ていく。

夕凪が私の席に来て、トンって肩に手を置かれた。

「ちょっとシュリ、マジで早退とかしてる場合じゃないからね?」

「分かってるよぉ…」

「成績もだし、内申点にも響くよ?」

「だーから分かってるってば…」

「はー…。星乃先輩は勉強教えてくんないの?」

「四季くん?」

「頭いいじゃん。教えるのもうまそうだし」

「うーん。そうだね、聞いてみようかな」

「あんた達が真面目に勉強するとも思えないけど」

「そんなことないよ!」

とは言ったけれど、
集中して勉強するとは確かに思えない。

私が、教科書を広げたらムリだと思う。
学校以外で勉強なんて…地獄だ。

「とにかく、補習になったらそのほうが最悪なんだから。いい?」

「はーい…」
「ってことでね、四季くんっ!数学教えて欲しいの」

放課後。

四季くんのおうちのリビング。
ふっかふかのソファに腰を沈めながら、
私は顔の前で両手を合わせた。

一部始終を説明した私に、四季くんは「うーん…」って渋い声を出した。

「だめ?」

「教えるのがだめなんじゃなくて。シュリ、ほんとにできるようになるかなぁ」

「ひどーい!っていうか、できるようには…ムリかもしんないけど、その場しのぎでもっ…!」

「はいはい。テストはいつ?」

「来週の月曜日」

「ちょうど一週間後か」

「うん」

「じゃあちょっとやってみよっか」

「ほんとにありがとう。恩に着ます!」

「はいはい」

私の頭を撫でた四季くんの手のひらが頬に触れて、耳の後ろをさわさわってした。

「四季くんっ!言ってるそばから!」

「んー?なに期待してんの?」

「そんなんじゃっ…」

ガチャって音がして、玄関のドアの開閉音がリビングまで聞こえてきた。

「あれ?」

「え?泥棒?」

「まさか」

四季くんのママは商社でバリバリのキャリアウーマン。
パパは大学教授をしている。

二人とも、今日は帰りが遅いって四季くんが言ってたのに。
「見てくるね?」

もう一度、頭にぽんって手のひらを乗せて撫でてくれた四季くんが、パタパタとスリッパの音をさせて、玄関へ向かった。

「………お前かよ、びっくりさせんなよ」

玄関のほうから聞こえてくる四季くんと、
聞き覚えのない男性の笑い声。

泥棒ではなかったことにひとまず安心した。

リビングに男性を連れて戻ってきた四季くんは、
ちょっと不服そうに眉間に皺を寄せて「シュリ、ごめん。これ、いとこ」って雑に紹介してくれた。

「なんだよ四季。一丁前に彼女連れ込んで。ごめんね、そういうことになってた?俺、邪魔しちゃったかな?」

いとこさんの言葉に顔が赤くなるのを感じて俯いた。

四季くんのご親族はこんなにオープンなの!?

「そーだよ。分かったら帰ってくれる?」

「冷たいなぁ。えっと、夏瀬海斗(なつせ かいと)です。四季とは母方のいとこなんだ」

「初めまして。三神(みかみ)シュリです」

「へー。四季ってやっぱ面食いなんだな」

「やっぱ」って…?

ううん、やっぱそうだよね。
元カノくらいいるよね。

って、そうじゃなくて。
四季くんが面食いなら、そこに私は含まれないはず。

どこにでもいる、平々凡々な女だもん。

四季くんの家に遊びに来るようになったのは実は最近で、だから一年以上付き合ってるのに海斗さんに会うのは初めてだった。
「海斗は二十四歳で、あっちの世界のひと」

「あ………っち!?」

「そう、そんでヤ…」

「お前なぁ、シュリちゃんに変なこと吹き込むなよ」

あっちの世界で………ヤ…って…。
あれしかないじゃん…。

ヤクザさん…ってことだよね!?

そっと海斗さんの顔を盗み見る。

切れ長の目。
ちょっと吊り目で、確かにいかつい。

白いTシャツから透けて見えそうな腹筋。
腕ががっしりしてるからちからも相当強そう…。

急に心拍数が上がった私の隣に、四季くんが座り直して、海斗さんがジーッとこっちを見た。

う…。
どうしよう。
お前は四季くんには相応しくないって言って、消されちゃうかも…。
でも海斗さんは私にはなんにも言わないで、四季くんに言った。

「おじさんの書斎借りるな」

「父さんには言ってんの?」

「当たり前だろ」

「あんま散らかすなよ」

「分かってるって」

海斗さんがリビングを出ていって、四季くんは「急にごめんね」って言った。

「海斗さん…どうやって入ってきたの?」

「え?普通に合鍵だけど」

「合鍵?」

「両親が共働きだからさ、昔から海斗が面倒みてくれてたんだよ。いとこっていうより、実の兄貴に近いかも」

「そうなんだ…」

ヤクザさんだから空き巣もお手のものなのかなとか思ってしまった。

どうしたって“一般人”からしてみたら、
ヤクザさんはやっぱり怖い存在だけど、
四季くんにとっては小さい頃からお世話をしてくれた“家族”だ。

怖いって感情は無いのかもしれない。

「じゃあちょっと勉強してみようか?」

「うん。お願いします」
学校の鞄から数学の教科書を引っ張り出して、
天板がガラスのテーブルの上に広げた。

テスト範囲のページを四季くんに見せたけど、
どの公式を見ても私には謎の記号にしか見えない。

こんな問題が解けなくったってきっと、絶対に生きていけるもん。

「勉強は楽しくやらなきゃ身にならないよね?」

「え?うん、そう…かな?」

「だからさ、楽しく勉強しようね?」

「できるの?」

「シュリが問題をひとつ正解するごとにご褒美あげる」

「ご褒美って?」

「シュリが好きなもの」

「えー、なんだろう」

「まずは数字に慣れようか?じゃあ、1+1は?」

私を試すみたいにニヤって笑う四季くんに、
私は頬を膨らませて見せた。

「もー!バカにしすぎだよ」

「数字に慣れる練習だからね。はい、答えは?」

「に!」

やけくそになって答えた私のくちびるに、
四季くんはかすめるみたいなキスをした。

「よくできました」