ザァアアと泣き叫ぶように降る雨。
ぽちゃんと地に足をつけて、ただ私は通学路を歩く。
その時、目に映った人。
どしゃ降りで傘を持っていなくて。
けどどこか不気味に笑っていた。
そして、その笑顔の先が───
「久しぶり、美優」
「高……嶺」
私だった。
まるで呪いに取り憑かれたかのように、
腕をグッと強く引っ張られ、握られ、
ついには……
「ようやく見つけた。俺の美優」
「……っ!」
私は彼に支配される。
それが、彼の“お約束”。
「6年ぶりだね」
もう、絶対再会なんてしないと思ってた。
再会なんてしたくなかった。
ドクンと高まる、
2つの鼓動。
1つは、彼に対しての恐怖。
もうひとつは───────────恋だ。
淡い桜の花びらが散って色鮮やかな緑の葉が茂んだ5月。
「え〜~~~!!美優、まだ恋したことないの!?」
「う、うん」
「ピュアすぎん!?」
「あはは…」
朝のHR前。
教室中に響き渡る声を上げた友達の七見璃子(ななみりこ)ちゃん。
私・葛木美優(かつらぎみゆ)は璃子ちゃんと恋バナをしながら苦笑いを浮かべていた。
あぁあ…この嘘何回目だろ?
もう毎日言ってるんじゃっ…。
「恋する気ないのー?美優可愛いんだから男子放っとけないって!」
「え!?いや、ないないない!可愛くないよ…」
「もっと自信持ちなって…!あ、じゃあさ、今度合コンとかーー…」
「あぁあ、いいよ!今はそういうの!部活とか集中したいし!」
「え〜もったいないなぁ」
「あはは…」
璃子ちゃんのもどかしそうな顔に私は苦笑いをして誤魔化した。
私が可愛いなんて、おかしいと日々思う。
だって、私は、“あの頃”……。
『はー?美優が可愛いとか…っぶ、本気で言ってんのw?マジでウケるわー』
とある男子に言われてしまったから。
その男子が私を“可愛くない”って言った。
可愛くないことを証明した。
私は……可愛くないんだよ。
「葛木」
「!更科」
「今日の日直忘れてないか?」
ハッ。
「すみません、忘れてました…!」
「だよなー日誌頼むわ」
マジっすか。
「わ、わか…わかりました!」
「……ん、じゃあよろしく」
一言言って友達の元へ行ってしまった更科。
私はふぅ…と一息ついて、安堵を溢した。
危ない、危うく“分かった”って言うところだった。
敬語外しそうだった。
気をつけなくちゃ…!
更科蓮斗(さらしなれんと)くん。
入学当初からキラキラ光る太陽みたいな存在で学校中の注目の的であるという噂を璃子ちゃんから聞いた。
私がその噂を知ったのは更科と同じクラスになった今年。
知らないのが悪かったのか璃子ちゃんには「え。」と目を見開きながら驚かれたけど、知らないものは知らないんだよ!
「はぁ…仕事増えた…」
「あはは、仕方ないよ。忘れてた美優が悪い」
「手伝って〜」
「合コン行くからパス」
「鬼だ」
日誌を開いてみると今日書く記述の半分が埋められていた。
全部は、任せなかったのか。
私サボってたんだから、別に全部任せてもらっちゃってもよかったのに…。
教室の窓前の隅で友達と笑顔で話している更科を見つめる。
その時、こちらの視線に気づいたのかニカッと微笑んできた更科。
そんな更科にドキッと胸が高鳴り思わず目を逸らした。
うぅ…不意にあんなことするなんて、ドキドキするじゃん。
更科は“学園のリアル王子”と呼ばれている。
日誌のこともそうだけど、いつも女子に優しいし、男子にも頼りにされていて、
先生からも期待を浴びている成績優秀・スポーツ万能・学校の人気者な完璧な男子だと私は思っている。
男子にああやって優しくされるの、初めてだから、何だかドキドキしちゃう。
「てか美優、さっきの話なんだけど、本当に恋する気ないの?」
「ないって。今は高校生活んーっと楽しみたいし」
「だったら尚更だよ!ここだけの話だけどさ、更科絶対美優に気あるよ」
コソッと耳打ちをしてきた璃子ちゃん。
「へ…!?」
「だってあいつ、美優にだけ特別優しくない?
あたしこの前あいつと日直一緒になったけど、日誌までやってくれなかったよ。
何なら日誌丸投げされたし」
「そ、そうなの…!?」
「だから、更科とかよくないかって話してるの」
更科が私を、好き……?
そんなの、あるわけないよ…!
だって更科だよ?あんな人気者と私じゃ仮にカレカノになったとしても釣り合うわけない。
てかそもそも、私を好いてくれる男子なんて……いるわけないんだよ。
少女漫画みたいに学校1モテモテな男の子と付き合うとか再会した幼なじみと恋を始めたりとかーー…
『美優が俺を好き?……っは、それマジで言ってるの?冗談だよな?』
………って、また“あいつ”のこと考えてる。
もう6年も前の話なのに…。
ずっと今もあの恋を引きずってるんだ…。
いい加減諦めなくちゃ。
だって、“あいつ”は私のこと────────大嫌いなんだから。
キーンコーンカーンコーン…
朝のHRが始まるチャイムが鳴ったと同時に、
眠たそうにあくびをしながら教室に入ってきた担任の住谷恭吾(すみたにきょうご)先生。
「おーい、そろそろ席つけー朝のHR始めるぞ」
「きょうちゃん、また残業〜?」
「仕方ねぇだろ。そろそろ中間テストなんだからよぉ」
あくびをしながらねみぃと駄々こねてHRを始める先生。
先生は親しみやすい雰囲気と性格から生徒によく“きょうちゃん”なんてあだ名を付けられている。
きっと上下関係に厳しい先生とかは叱るところなのかもしれないけど、
先生にはそれがなくてむしろ生徒と同じような立場で接してくれるから、生徒に人気がるんだろうなと思っている。
「えーっと、今日の連絡は来週行われる進路説明会の出席確認のプリントと後明日うちのクラスに転校生やってくるから、
その時は仲良くしてやってな。進路説明会のプリント、今週中に提出だからな」
話は以上、と言ってクラス名簿をパタンと閉じて朝のHRを終えたからなのか職員室に向かう先生。
明日転校生来るんだ…!
どんな子だろう?女子かな?それとも…男子?
どちらにせよ優しい子だったらいいな。
ふふっ、今から楽しみだな。
私は1人心を踊らせて明日を待ち遠しく思った。
そんな私を置いていくかのように始まった歴史の授業がいつの間にか終わってしまい、
気づいた時にはもう10分休みになっていた。
ハッ。
授業全然聞いてなかった…!
今日のところ、ほとんど聞いてないし、家で復習してから今日寝よう!
1時間目の歴史の授業が終わった後、璃子ちゃんは私の席に来て話しかけてきた。
「あたし転校生男子だったら狙っちゃおっかな♪」
内容は、朝、先生が言っていた転校生のこと。
「璃子、彼氏欲しいってずっと言ってるもんね」
「美優には更科がいるでしょ!」
「だから違うんだってば!」
璃子ちゃんって、根気強い子だから1度決めたものには中々ブレないんだよね。
当分、このやりとりありそうだな、あはは…。
ーピロン
「?美優今スマホの通知音鳴らなかった?」
璃子ちゃんに言われ、スマホを出してみると、ロック画面からネットニュースの記事が表示されていた。
「あ、ほんとだ。多分これだと思う」
「え、午後から大雨だって」
「えっ」
ネットニュースを見た璃子の驚く顔に私も連なるように目を見開く。
今こんなに晴れてるのに…。
窓の外を見ると、今は日の光が少し暑苦しいくらいの快晴。
ほんとに雨なんか、降るのかな……?
「てか美優って通知オンにしてるんだ。めんどくさくない?」
「あ、…うん、そんなにめんどくさくないよ。通知オンにしてる方が今みたいな情報とか早く分かるし」
「けど授業中はさすがにオフでしょ。歴史とか数学の先生厳しいじゃん」
「さすがにそれはオフにしてるよ。今日遅刻しかけてバタバタしてたから朝切り忘れてたんだと思う」
「気をつけなね〜」
璃子ちゃんに念押しするよう注意されながら私はスマホの通知音をオフに切り替えた。
お父さんたちがスマホを持たせてくれたのは、中学2年生の頃。
それまではお父さんとお母さんの仕事が猫の手を借りたいほど忙しくはなかったんだけど、
お父さんたちが勤めている会社が中学2年生の頃くらいから大手企業にも目をつけられるほど
業績を大きく残して今やCMでも見かけるほどの大手会社になったことから、家に帰れる日が少なくなった。
何かあるといけないからって、お父さんたちが私が中学2年生の時スマホを持たせてくれたんだ。
───そこまでは、よかったんだ。
別にお父さんたちが仕事頑張って実績も積めて、会社が大きくなることは私だって嬉しい。
けど……
スマホを持ったことから、私は友達との関係が変わってしまった。
LINEでのメッセージの伝え方で誤解が生まれたりとか、
早く見てほしいメッセージを通知オフにしたことで見なければいけないものを見なかったり、とか。
何度もトラブルがあった。
そんな些細なトラブルがあってか、私が今連絡を繋げている中学までの友達はいない。
今目の前にいる高1の頃友達になった璃子ちゃんとは繋げているけど、クラスラインなんて入っていない。
また、私が───トラブルを起こしかねないから。