察しの悪い俺でも分かる。
立花優芽が大場一輝が好きなことを…。
一輝とは幼稚園からの幼なじみで高校もクラスも一緒だ。
長身で爽やかな笑顔、頭も良くてスポーツも万能それに、性格もいいときてるからモテないわけがない。
バレンタインデーには、毎年必ず大量のチョコレートをもらってる奴だし。
俺はというと、体格には恵まれたが目つきも口も悪いうえに、無愛想らしく周りは誰も近寄りたがらない。
一輝と比べると、月とすっぽんぐらい差が開いている。
いや、比べるのもおこがましい。
「卑屈なやつだな。旭の笑った顔って可愛いのにねぇ。みんな知らないだけだよ」
一輝にはそう言われるが、俺の笑顔を見たいなんて物好きはいないだろ。
一輝は誰にでも優しい。
女子には特に優しい。
本人は無自覚で優しくしているから
一輝のことを好きな子はたくさんいる分、勘違いさせた子を一輝は知らない間に傷つけている。
そういう子を何人も見てきた。
友達としては、たまにうざったいこともあるけどやっぱりいい奴だとは思う。
だから、人が良すぎてたまに心配だ。
無自覚だからこそ顔を含めて悪い。
人たらしというのは、こいつのためにある言葉だ。
俺が思うに立花もその一人だと思う。
少し茶色がかったセミロングの髪に、白い肌、赤い眼鏡、おとなしめで目立つようなタイプではないけれど、清楚な雰囲気が男子受けしそうだ。
いつ見てもオドオドしてて自分からはみんなの輪の中に入るのは苦手そうな印象だ。
そういえば、一輝を図書室に迎えに行った時、一輝のことを焦げるような目で見ていた気がする。
まぁ、人の恋愛事情だからどうでもいい。
入学してから三ヶ月経ち、テストが近づく教室には勉強ムードが広がってる。
休み時間になると、頭のいい一輝の席の周りは勉強を教えてもらおうと人が群がってた。
俺は自分の席で、こいつらよくやるな、と思いながら他人事のように眺めていた。
この学校は進学校で、それなりにレベルが高いけど、俺は赤点さえ取らなければ良いと思ってる。
ふと視線を逸らすと、教科書を持ってウロウロしている立花が目に入った。
どうやらあの集団に入りそびれたらしく、少し離れた自分の席で立ったり、座ったりを繰り返してソワソワと落ちつかない様子で集団を見ている。
なんだ、あいつ…?
…あぁ、集団に入っていけずに焦ってんのか。
五分以上も休み時間が残ってるというのに、ずっとあそこにいたら、絶対、あいつらには気づかれないだろ…。
しばらく観察したが一向に気づかれることも、立花が動き出す気配もないく
ずっと、集団の中に入るタイミングを伺っている。
…挙動不審。
このままだと、いつまで経っても立花はあのままで、休み時間は終わるだろうな。
はぁ…。
立花の行動を見ていると、なぜかこっちがイライラする。
誰か声かけてやれよ…。
あー、見てらんねぇ。
チッ!
心の中で舌打ちをした瞬間、無意識に口が動いた。
「おい、一輝!」
「ん?どうしたの?」
振り返った一輝が不思議そうな顔をするのを見て声をかけてしまったものの、何も考えていなかった俺は言葉に詰まった。
あー、めんどくせぇ…とまた小さく舌打ちをする。
「あぁ、いや、やっぱりいい……」
そう言って顔を背ける俺を見た一輝は少し考え込んだ後、何かを察したのか、ふっと笑いおもむろに立ち上がって、すたすた歩いて俺の肩ぽんと叩くとそのまま立花の方へ向かった。
「立花さん、もしよかったら一緒に勉強しない?」
人当たりのいい笑顔で一輝が話しかけると、突然の誘いに驚いて固まっていた立花が、はっと我に返り、顔を真っ赤にしてうつむき頷くと促されるまま、おずおずと集団の中に入っていった。
さっきので一輝は俺が何を言おとしてたことを理解したのか相変わらず、察しがいいというか、気が利くというか…流石だな。
あんな態度を見ると、やっぱり立花は一輝のことが好きなんだろうと確信した。
まぁ、俺には二人がどうこうなろうが関係ないことだし別にどうでもいい。
そう、別にどうでもいいはずなのに、なんでこんなに胸がざわつくんだ。
なんだこれ⋯?
それからチャイムが鳴り
すぐに授業が始まったため、深く考えることはなかった。
今までも、一輝と立花が何回か話す所を目にはしてたけど用事がある時だけだったはずだ…。
あの日以来、二人で話している機会が増えた。
立花の頭をぽんっと撫でたり、重い荷物をさりげなく持ってあげたり、困っている時は手助けをする姿を見てるのは俺だけじゃない。
━━━何、あれぇー。媚び売ってさぁ
━━━あの子、一輝くんと最近よく居るよねぇ
━━━なんであの子なんだろ。羨ましいー
そんな声がちらほらと聞こえてくる。
一輝に好意を寄せてる女子にとって、立花の存在は面白くないらしい。
チッ、暇な奴らだな。
一輝は、そんな悪意なんて気にも留めてないからいいだろうけど…
ふと立花は大丈夫なのかと少し気になった。
でもすぐ、俺が気にすることでもないかと思い直した。
そもそも、あいつが困ってようが俺には関係ないしな。
今も廊下にいる二人は並んで立ち話をしているようで、距離が近い。
話の内容は聞こえないが時折、笑い声が聞こえる。
一輝の顔を見てふわっと嬉しそうに微笑む立花は恋する乙女って言葉がぴったりだった。
でも、一輝の態度は他の女子に対するものと変わらないから立花だけが特別ってことじゃない。
あいつは誰にでも勘違いさせるようなことをするから、厄介だ。
まぁ、かっこいい男にあんな風にされれば女なら誰でも好きになってしまうか。
俺が女でも惚れるかもしれない…。
いや、ないな。ないない。
そもそもあれだけモテるくせに彼女や好きな奴がいる話を聞いた事がない。
一輝が彼女を作ればみんな諦めつくかもしれねぇのに、いつまでも告白してくる女子を断っている。
もったいないやつ。
そんなことを思いながら、ぼんやり眺めていたら不意に一輝と目が合うとにっこり笑いかけられ、こっちらにひらひらと手を振ってくる。
無視するわけにもいかず軽く手をあげて答えると、隣の立花もぺこりと頭を下げられた。
面倒臭ぇ……。
あいつ何でいちいち俺に絡んでくるんだよ。
はぁ……、と小さくため息を吐くと胸の中がざわざわするような変な感覚に襲われた。
この感じ前もあったな…。
何なんだよ、これ?
意味わかんねぇ。
何とも言えない気持ちの悪さに俺は眉をしかめるしかなかった。
掃除終わりに一輝が待っている図書室へ向かう。
一緒に帰ろうと言われて別に断る理由もないから、素直に従った。
ドアを開けると、窓際の席で読書中の一輝の姿が目に入り俺は静かに近づいて向かい側に座る。
窓から差し込む夕日の光が眩しいのか、目を細める一輝の顔は何だか様になっていて、不覚にも胸がドキッとした。
こいつ、ほんと無駄にイケメンだな。
「いつも本読んで楽しいか?俺だったら絶対無理」
「んー、楽しいかどうかは分かんないけど、知らないこと知るのは面白いよ」
一輝は俺の問いに対して、読んでいた本から視線をこちらに向けて楽しそうに笑いながら答えた。
「…へぇ」
俺の返事に一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
静かな図書室には俺達二人だけしかいないらしく、外から部活をしている生徒の声が聞こえてくるだけでとても静かだ。
「まだ帰らねぇの?」
一輝は首を横に振った。
今日はまだ少し残るらしい。
どうせ帰ってもすることねぇし、暇だから俺も付き合ってやるかな。
本に興味のない俺は机に突っ伏し寝る体勢に入ろうとした時、図書室の扉が開いた音がして顔を起こし扉に目を向けると、そこには立花がいた。
俺と目が合うと、驚いた顔をしたあと申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「あ、ごめんなさい、お邪魔しました!」
一輝が本から顔を上げて声を掛ける。
「えっ!?全然大丈夫だよ!気にしないで!」
一輝の言葉に安心したようにホッと息を吐いた立花はそのまま本棚の方へ向かった。