殿下が何か叫んでいるけど、何も聞こえない──。


 真っ暗な闇の中で全てを失った私が一人立ち尽くしている。
 血だらけの殿下……私の手にはべったりと血が……。

 呼吸がどんどん苦しくなる。

 そこでわずかに光が見えてきた。
 ぼわっとした白い光のほうから殿下の声がする。

 殿下……大丈夫、生きてる。
 これは幻だ、存在しなかった未来を、悪夢を見ているだけ。

 落ち着け、落ち着け……。

 私は怖い思いを振り切ってゆっくりと目を開いた──。


 そこには必死の形相で私の肩を掴んでいる殿下の姿があり、私が目を開いたら安心したように一つ息を吐いた。

「アリス……」
「大丈夫です、少し悪い夢を見ていたようです」

 ゆっくりと立ち上がった私の耳にポワロくんの声が届く。

「そうか、あの悪夢を断ち切ったか」
「ポワロくん?」
「ふ、ミレーヌ様の娘というのは本当なのだな。では、私も正式にご挨拶をしよう」

 ポワロくんの姿が霧で見えなくなっていく。
 そうしてその霧が晴れたとき、彼はいた。

「初めまして、アリス」