ーポツポツ……。

 傘に振りつける雨が音を立て続ける。
 ちょっとうるさいけど、男子が話してくれる話で、消されていた。
「君、名前何?」
「名前ですか?」
 私は自己紹介する。
「栗山羽衣です」
「羽衣、ね。オッケー覚えた」
 早っ!
「あ、あの、名前なんですか?」
「俺?」
 彼がこっちを見た。
「龍。菊地龍」
「菊地……さん。何年生ですか?」
「中2」
「あ……私もです!」
 奇遇だなあ……。
 前の信号が赤になる。
 菊地さんが足を止めた。
「偶然ですね!」
 そう言って微笑むと、菊地さんは耳まで真っ赤になった。
 目をそらし、傘の取っ手を強く掴んでいる。
 私が傘を準備した途端、『俺が持つ』って言って傘を持ってくれた菊地さんには、感謝してもしきれない。
 信号が青になり、二人で歩き出す。
 二人の間に沈黙がおとずれ、また雨の音が耳に入ってきた。
「笑った顔がかわいすぎる……」
「なんか言った?」
「なっ……なんでもない」
「そ、そっか」
 アンニュイな表情をしていた菊地さんが、こんな表情を見せてくれるなんて……!と正直感動した。
「……っ、菊地って呼ぶのやめろ……」
「え?」
 きょとんとした私に、菊地さんは優しすぎる笑みを浮かべた。
「……名前で呼んでよ……羽衣」
 どきいっと心臓が飛び上がる。
 今…すごく…、ドキッてした。
 すごく顔が整っているから、甘いこと言ったらかっこいいなっ……。
「羽衣?無視?」
「あ……ごめんなさいぼーっとしてて」
「敬語もなし」
 え、ええっ……厳しいっ……。
「わ、わかったっ」
「っ、つか、いつ家つくんだ?」
「あ、もうちょっと先」
「遠いじゃん。俺にあのまま傘貸さなくて正解だったな……」
 口元に笑みを浮かべた龍くんの笑顔が絵になりすぎて思わず見とれてしまう。
 学校一イケメン男子と言われてもいいと思うけど、そんな噂聞いたことない……。
「ねえ、何組?」
 私は……三組。
「三組」
「え、私と一緒……」
 あの教室にいたから、同じ学校なのはわかってたけど……同じクラスなんて……というか、でも龍くんのこと知らなかったのはなぜ……?
「俺、最低限の出席しかしないつもりだから、ずっと休んでた」
 えっ……⁉︎
 進級してから一回も会ってないのはそのせいかっ……。
「親いないから、全部俺がやってる」
 え……。
「何かあったの……?」
 そう聞いてから、後悔する。
 事情があるかもしれないのに……気づかなかった私は馬鹿だ。
「秘密、な。いつか教える」
 ひ、秘密……?いつかって……いつ……?
「あ、ありが、とう……?」
 なんて答えればいいのかな……反応に困る……っ。
「あ、ここ…私の家」
「そうか」
「また会った時傘返してね!じゃあねっ!」
「ああ……」
 龍くんと別れ、家へ入る。
「あいつ……無自覚すぎ……自分が可愛いって、気づかないのかよ……」
 龍くんがそう言っていたなんて……知るよしもなかった。


 次の日、2−3で本をよんでいると、廊下が騒がしくなってきた。
「えっ……」
「キャーッ」
「え、誰⁉︎」
「イケメンすぎる……!」
 え?イケメンって……だ、誰だろう……。
「こっち来たっ!」
「えっ嘘!」
「うわあああイケメンすぎるううう!」
 三組の人達が騒いでいる。
 確かに、ドアの向こうから人影が近づいている。
 まあ、私には関係ないよね。本を読み進める。
「キャアアアっ!!」
 ひ、悲鳴がすごいっ……!
 気になって、ちょっと覗いてみた。
 ……って、りゅ、龍くん……⁉︎
「ちょっと羽衣、連れてくね」
「う、羽衣ぃ⁉︎ 名前呼びぃ⁉︎」
 あ、あわわ……騒ぎになってる……!
「りゅ、龍くん行こう!」


「はあ……龍くん、何で来たの?」
 龍くんを連れ出して、空き教室に入った。
「……可愛い」
「へ?」
「……好きだ」
 ……え?
 壁ドンされて、目を見開く。
 か、顔が、近いっ……!
「龍くんが、私を、好き……なの?」
「ああ」
 龍くんは頷く。
 そして思ったのは……この人を幸せにさせたい、という思いと、愛おしさ。
 こ、これが……恋、なんだ。
「……返事は?」
「……私も」
「え? 羽衣?」
「私も、好き」
 そう言った瞬間……私の唇が、龍くんの唇で塞がれていた。
 っ、い、今、キスっ……。
「覚悟しとけよ」
 ……甘い彼から、今日はもう、話してもらえなさそうだ。