宍戸が躊躇したように見えた。
突然の訪問に対する報復というわけじゃないけれど、少し意地悪をしたいような気持ちになって、私は念を押すように訊ねた。
「どうする?また、日を改める?」
「いや」
宍戸は即座に首を横に振った。
「玄関で、だからね」
「分かってるよ。――お邪魔します」
苦笑しながらも彼は礼儀正しく断ると、私が開けたドアの内側に足を踏み入れた。
私はサンダルを脱いで玄関から廊下に上がり、彼に向き直る。
玄関はさほど広いわけではない。そこで実際に相対してみると、私たちの間の距離は思っていた以上に近く、ともすれば息遣いさえも聞こえてしまいそうだった。段差も低いから目線も宍戸と同じくらいの高さになって、どこを見たらいいのかと落ち着かない。ここで二人きりになるのはやめた方が良かっただろうかと、私は後悔し始めていた。
今からでも遅くない、場所を変えようか……。
そんな考えが頭の中をかすめた時、宍戸が静かに私の名前を呼んだ。
「岡野」
「は、はい」
思わず律儀に返事をしてしまい、ここは会社ではないのに、と恥ずかしくなる。
それを見た宍戸はふっと表情を緩めると、ひと呼吸おいてもう一度私を呼んだ。
「岡野」
それは宍戸と知り合って初めて耳にする甘い声と、初めて見る甘い表情だった。知らなかった彼の一面に、私はドキドキしてしまう。
これはただの動揺だ――。
私はきゅっと唇を引き結んだ。
「後悔したくなくて、来てしまったんだ」
宍戸の声に私は身構えた。この後の展開は予想がついている。会うことを決めた時に、こうなるだろうと分かっていた。私は緊張で顔を強張らせながら、宍戸を見た。
「どうしても伝えておきたかった」
彼はそう言って私を見ると、かすれた声で、しかしはっきりとした口調で続ける。
「お前が、好きだ。新人研修で何度か話をすることがあってからずっと、岡野のことが気になって仕方なかった。色んな理由をつけて、できるだけお前の近くにいたいと思った。でも俺は素直になれなくて、お前のことをからかったり絡んだり、まるで子どもみたいな真似をしてた。すまない」
それを聞いた私は、そうだったのかと、これまでの宍戸の態度の謎が解けたような気がした。そして飾り気のない真っすぐな彼の言葉に、私の心は揺れそうになった。もしも私に好きな人がいなかったら、その告白に頷いてしまったかもしれない。でも、私は――。
どう言葉を返すのがいちばんいいのだろうと考え込む私に、宍戸は苦い思いをにじませた眼差しを向ける。
「岡野が山中補佐しか見てないってことは、分かってるよ」