補佐に連れて行かれたのは、以前から気になっていた居酒屋だった。

元々は旅館を経営していたという夫妻が諸々の事情でその旅館を畳み、心機一転始めた店だと聞いていた。何と言っても女将が作る料理がおいしいとの評判だった。

店内にはテーブル席が4つと、4人も座ればいっぱいになるカウンター席があった。女性好みの雑貨が飾られた清潔感ある店内の様子に加えて、夫妻の雰囲気が好ましい。

「二人なんですが、大丈夫ですか?」

そう訊ねる補佐に、ご主人らしき大柄な男性がにこやかに応じる。

「カウンター席になるけど、いいかい?」

テーブル席はすでに埋まっていた。私たちに選択の余地がないことは明らかで、補佐は確認を取るように私を見た。

「大丈夫?」

これからまた移動するのは億劫だと思ったのと、入ってみたかったお店ということもあって、私は頷いた。

「はい、問題ありません」

補佐はご主人に言った。

「カウンター席でお願いします」

それから彼は促すように私の背にそっと手を触れると、カウンター席までは短い距離だというのに寄り添うようにして歩く。

私はドキドキした。けれど、これはいわゆるエスコートなのだと自分を納得させて、うるさい鼓動をなだめようと努めた。

ご主人が私たちに声をかけた。

「奥の方から座ってもらっていいですかね?」

私は席の手前で足を止めると、窺うように補佐を見上げた。この場合奥の方が上座になるから、そこには彼が座るべきだと思ったのだ。

しかし補佐は私の考えを察したらしく、笑顔を浮かべて言った。

「岡野さんが奥だよ」

私は躊躇したが、補佐に目で促されて仕方なく奥に座った。

「席のこと、来る前に確認すれば良かったんだけどね。今夜は急にここで飲みたい気分になってしまって」

補佐は私の隣に座ると、言い訳めいた口調で言った。

「いえ、ここのお店には前から来てみたいと思っていたので。連れてきて頂いて嬉しいです」

それは本当のことなのだが――。

そう答える私の笑顔は強張っていたと思う。近すぎる彼とのこの距離に落ち着かない。