応接間に戻ると、壱世が胡座をかいて座っていた。

「行儀が悪いわね」
「何時間も正座で待てるわけないだろ」
壱世が不満そうに言う。

「壱世さん、ずっとここにいたんですか? 外に出ていてもらっても良かったのに」
「……なんとなく、心配だったからな」
照れくさそうに言う壱世に、胡桃は「ふふっ」と笑った。

しばらくすると、柚木が緑茶と和菓子のセットを運んできた。

「あ、木菟屋(みみずくや)水無月(みなづき)
「あら、さすがね。見ただけでお店がわかっちゃうなんて」
十玖子が感心したように笑う。

水無月とは、六月に和菓子屋に並ぶ三角形の白い外郎(ういろう)で、上に小豆が乗っている。
木菟屋は櫻坂の近くにある老舗の和菓子屋だ。

「木菟屋さんのものは、他より小振りだけど小豆がギュッと詰まってるんです。ベリが丘の和菓子屋さんの中では一番小豆の風味が強いんですよね。どこのお店のもおいしいですけど」
「それも『ベリが丘びより』の取材の成果なの?」
「いえ、逆で。趣味で和菓子屋さんめぐりをしていたときの情報をもとにベリビで和菓子特集をしたことがあります」
「いいわね〜趣味と実益を兼ねてる」

「あ! 今日は見せたいものがあったんでした」

そう言って、胡桃は側に置いてあった自分のバッグから冊子を取り出した。

「ベリビの最新号。壱世さんが表紙です!」

〝じゃーん〟という効果音が似合いそうな表情で、十玖子に見せる。