「何を考えているんだ、君は」
栗須邸を出て、また路肩に車を止めた壱世が言う。

「本物の婚約者でもないのに、あんな面倒な約束をして」
「すみません……」
胡桃はしゅんと小さくなる。

「別に責めてるわけじゃない。ただ、大丈夫なのか? 言っておくが、十玖子さんは厳しいぞ」
「あはは。そんな感じはしました」
「なら」
「手紙の書き方とか着付けとか、覚えたいなって思っちゃったんです」
胡桃は申し訳なさそうに笑う。

「そういうの、知ってたら仕事にも人生にも役に立つかな〜って」
「〝何事も楽しむ〟ってやつの一環か」
壱世は半分呆れたようにため息をついた。

「まあ、正直助かった」
「え?」

「しばらく婚約者のフリを継続してくれるってことだろ? パーティーで嘘をついたことで十玖子さんを怒らせずに済む」
「本物の婚約者の方はこれが嫌でいなくなってしまったんですか?」
なんとなく気になって聞いてみると、壱世は頷いた。

「実際に十玖子さんに会わせたわけではなくて、栗須家はこういう家だと伝えただけだが。俺の弟の相手も、従兄妹たちの相手もみんな指導を受けているからな」
「ふーん……」

「そのまま結婚したカップルが七割ほど、という感じだな」
「なかなかですね」

三割は別れているというところが、十玖子の厳しさを感じさせる。

「でも、壱世さんにも弱点があるんですね」

「は?」