『ギアンダクリーニングの工場。洗剤の匂いがしそうだが』
「そういう人工的な感じじゃなくて、レモンとかそういう」

『アコーンケイクスベリが丘工場』
「えーっとケーキとかでもなくて……」

(なんだっけ? フルーツでもなくて野菜でもなくて)

胡桃の脳裏に、オーベルジュの庭園が浮かぶ。

「あ! ハーブ……何か、ハーブみたいな匂いです」

『樫井ハーブ園』
「それ! きっとそれです!」
胡桃は思わずはしゃいで大きな声を出してしまった。

そのすぐ後に「ガチャガチャ」と鍵を開けようとする音がする。
(え……)

「なんか、ドアの方から音がします」
『すぐに行く』
壱世は電話を切った。

「——いや、なんか声がした気がして」
ドアの外からアライの声がする。誰かと通話をしながら鍵をいじっているようだ。
おそらく鹿ノ川だろう。

「俺にばっかり見張らせてないで、来てくださいよ。俺だって眠いですよ」
チェーンなどで厳重に閉められているようで、通話をしながらでは開けるのに時間がかかりそうだが、時間の問題だ。

「ガチャッ」とドアが開き、室内に懐中電灯が当てられる。
明かりが胡桃を照らす。