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(こんな時まで、どうして素直に〝怖い〟とか〝助けて〟とか言えないんだろう)
胡桃は通話の終わった時計をながめる。

(だけど、心配かけたくはないし)
小さくため息をつく。

(音や匂い……)
何の匂いもしない屋内で、胡桃は耳を澄ませてみる。

(だめだー遠くの車のエンジン音くらいしか聞こえない)
しょんぼりして、床を見る。
(あれ?)
床にぼんやりと明かりの差し込んでいる場所があることに気づく。

見ると、少し高い位置に小さな窓がある。

「んっ……」
背と手を伸ばして開けてみる。

(開いたけど……)
窓は外側に斜めに開くタイプのもので、縦の幅も狭く、胡桃が外に出るのは無理そうだ。

(ん?)

風に乗ってフワッと何かの微かな匂いが鼻をくすぐった。

(今の匂い、なんだっけ? なんかこう、爽やかな匂い)
胡桃の好きな匂いだ。

胡桃は壱世に電話をかける。
『爽やかな匂い?』
「はい。なんだったかなって思い出そうとしてるんですけど」

『地図上のそれらしい場所を言ってみようか?』
「お願いします」

壱世が手元の地図の絞った場所から、匂いのしそうな場所を挙げる。