振り向いて微笑んだら、目の前にものすごく不機嫌そうな蓮樹の顔が間近にあった。
 かなり近くてびっくりしてしまう。


「……」
「蓮樹?」


 口を真一文字に結び、じっと私を見つめる蓮樹。

 そんな蓮樹の表情が何だか知らない男の子に見えた。
 あどけないかわいい少年だった蓮樹じゃない、いつの間にか男子になってたんだなぁってその時思った。

 誰かが蓮樹って結構イケメンだよね、って言ってたっけ。


「っ、何とか言えよ!」


 急に蓮樹は顔を真っ赤にさせる。


「何とかって?」
「男女の顔がこんなに近くにあるのに、なんかないのかよ……」
「え?びっくりしたけど」
「……」


 どうしたの、蓮樹ったら黙りこくっちゃって。

 あれ、顔が近いと言えば前にもこんなことがあったような?
 確か保育園の時だったっけ。

 砂場で一緒に遊んでて、二人で夢中になってトンネルを掘っていたらゴチン!っておでこがぶつかっちゃったんだよね。
 しかもその時、おでこだけじゃなくて――。


「――っ」


 何かが唇に触れた。
 そう思った時、ふわりと蓮樹の匂いが鼻孔をくすぐる。

 蓮樹の長めの睫毛が触れそうなくらい近くにある。


「……ちょっとは意識しろよ」

「え、」

「言っとくけど、謝らないしなかったことには絶対しねぇから!」


 そう叫んで蓮樹は立ち上がり、部屋から出て行った。
 顔はものすごく真っ赤だったけど、目はとても真剣だった。

 蓮樹がいなくなり、一人になった部屋で私は自分の唇に触れる。
 微かにまだ熱が残っているような気がする。


「…………え?」


 幼稚園の頃、おでこをぶつけた後によろけた私はそのまま蓮樹に倒れ込んでしまい、蓮樹の唇に当たってしまった。
 それが私のファーストキスだった。

 そして、突然訪れた蓮樹との二度目のキス。

 事故なんかじゃない、蓮樹にキスされてしまった。


「……っ!」


 急に全身の体温が上昇していく。
 ドキンドキン、と心臓の音が大きく速くなる。

 もう宿題のことなんて考えられなかった。

 何かが始まり、変わる音がした。