ふと、ミルクの優しいにおいがして目を覚ます。
 僕の大好きなにおい。
 優しくて、あたたかくて、みずみずしい生命のにおい。
「レイちゃん、この子はね、まひるっていうの。あなたの双子の妹よ。仲良くしてあげてね」
 ママは、手の中の小さな生命を愛おしそうに見つめながら、僕に言う。

 ――分かってるよ。この子は僕の新しいたからもの。僕が守らなくちゃいけないもの。まひるちゃんは、僕の大切な妹なんだよね。

 まひるちゃんは、よく笑う天真爛漫な女の子だった。
「レイ! まひる! おいで」
 パパとママに呼ばれ、僕とまひるちゃんは我先にとふたりの胸に飛び込む。
「ふふ、いい子ね」
「可愛いなぁ」

 パパもママも、僕とまひるちゃんを同じように愛してくれる。

 僕は、この家族が大好きだ。
 僕たちはずっとこうして一緒にいられる。こんな生活が、いつまでもずっと続く。
 そう信じてた。

 ……だけど。幸せというものは、とても儚く脆いもので。

 悲劇は、ある日突然訪れた。

 大地がふたつに裂ける轟音とともに、視界が歪んだ。

 ――パパ! ママ! まひるちゃんっ!!

 なにかが割れる音。
 なにかが落ちる音。
 だれかの悲鳴。
 音が鳴り止まない。

 ――怖い。怖い、怖い。


 ***



 ようやく大地が鎮まった頃、僕はよろよろと立ち上がった。

 瓦礫、瓦礫、瓦礫。

 目の前にあるのはたしかに僕の家のはずなのに、僕の目に映っているのは、まったく知らない世界だった。

 なにかが焦げたようなにおい。なまぐさいような、気持ちの悪いにおい。……それから、血のにおい。

 まるで地獄絵図だ。こんな世界、僕は知らない。
 震える足を無理やり動かし、僕は懸命にみんなを探した。

 ――パパ……ママ、まひるちゃん……どこ?

 しばらく探し回ってようやく見つけた僕の家族は、瓦礫の下に埋もれて身動きが取れない状態だった。

 ――ママ、パパ! まひるちゃん!

 いくら呼びかけてもぴくりとも動かない。

 ――どうして? みんなっ……! 目を開けて。お願いだよ。

 声が震える。
 おそるおそる、瓦礫の下からわずかに出ているまひるちゃんの小さな手に触れる。
 まひるちゃんの手は、いつもと違ってひんやりとしていた。

 全身が震えた。

 ――そんな、嘘だ……。こんなの嘘だ。ねぇ、だれか嘘だと言ってよ。だれか、助けてよ。ねぇ……っ!

「そこにだれかいるのか!?」

 必死に声をかけ続けていると、迷彩服を着た男のひとたちが駆けつけた。

 ――いるよ! 僕の家族はここだよ! お願い、まひるちゃんたちを助けて!

「要救助者発見!」
「急げ!」

 ――よかった。これでみんな助かる。

 ホッとしたのも束の間、まひるちゃんに駆け寄った迷彩服のおじさんは、力なくその場に座り込んだ。

「……ダメだ。この家のひとたちはもう……」

 駆けつけたレスキューは、まひるちゃんたちを瓦礫の下から救助したものの、悲しそうに首を横に振った。
 袋のようなものに入れられ、運ばれていくまひるちゃんたちを見て、僕は呆然と立ち尽くす。

 ――どういうこと? どうして、そんな袋にまひるちゃんを入れるの? ねぇ。やめてよ。そんなところに入れたらみんなが苦しいだろ。

「家族を助けてやれなくて、ごめんな……」

 僕に気付いたおじさんがやってきて、わんわんと泣きじゃくる僕をなだめる。
 僕はその手を振り切って、まひるちゃんにすがりついた。

 ――まひるちゃん! まひるちゃん! なんでよ……? なんで動かないの? みんな、さっきまで元気だったじゃないか。それなのに、なんで……。

「おいこら、落ち着け。……なんだ、おまえも怪我してるじゃないか。ほら、こっちへおいで。手当しよう」

 僕はその場に崩れ落ちた。
 突然大地を揺らしたそれは、一瞬で僕の大切な家族を、家を、暮らしのすべてを奪った。

 僕は、訳が分からなかった。

 ――ねぇ、どうしてみんな動かないの? どうして僕だけ生きてるの……? だれか、教えて。ねぇ、だれか……っ!

「隊長、その子は」
 ふと、だれかの話し声が聞こえた。
「さっき救助した家族の生き残りだろう。怪我をしてるみたいだから、手当を頼む」
「はい」

 隊長と呼ばれたそのひとは、新たに現れた男のひとに僕を紹介した。

 ――生き残り? 僕が? まひるちゃんたちは?

「よしよし、もう大丈夫だぞ」

 顔を上げると、顔を泥だらけにしたおじさんが、優しい顔で僕を見下ろしていた。

「可哀想に……痛かっただろう。怖かっただろう。すぐに手当してやるからな」

 おじさんは僕を軽々と抱き上げ、優しく頭を撫でてながら歩き出す。
 頭がぼーっとするなかで、僕はおじさんに懸命に訴える。

 ――ねぇ、おじさん。僕なんかより、まひるちゃんを……パパとママを助けて。僕は大丈夫だから、まひるちゃんたちを助けてよ。お願いだよ。諦めないでよ。きっとまだ生きてるから。だから……っ!

 おじさんの腕の中で、僕ははちゃめちゃに泣き叫ぶ。

「そうかそうか、怖かったな。もう大丈夫だからな」

 おじさんは慌てることなく、僕をなだめながら救護テントへ足を進めた。テントに入ると、お姉さんが僕の傷口を優しく手当してくれた。

「こんなに汚れちゃって可哀想に……怖かったでしょうね。でも、もう大丈夫よ」

 おじさんもお姉さんも、みんな優しい声で僕の頭を撫でてくれる。

 それがもどかしくて、悲しくて、胸がぎゅっとした。

 ――僕は大丈夫なのに。みんなのほうが痛いのに……。

 そう言いたいのに、声が出ない。今さらになって痛みがひどくなってきた。

 ――まひるちゃんのことは、僕が守らなくちゃいけなかったのに。パパとママと約束したのに。それなのに僕は、自分だけ助かってしまった。大切な家族を犠牲にして……。


 ***



 あれから、どれくらい経ったのだろう。
 結局、パパもママも、まひるちゃんも死んでしまった。

 みんなを失ってから、僕は途方に暮れていた。
 食欲もなく、歩く気力すらない。
 体力はどんどん落ちて、いつしか泣くことすらできなくなっていた。

 そんなときだった。
 あのひとがやってきた。

「おう、元気か?」

 僕を助けてくれたおじさんだった。

「辛気くせぇ顔してんなぁ」

 ――放っておいてよ。

 ぷいっとそっぽを向く。

「まぁ……大好きな家族が突然いなくなったんだから、落ち込むのは当たり前だ。……ごめんな。おまえの家族のことは、残念だったと思ってるよ」

 ――フン。今さらなんだ。謝られたって、みんなはもう帰ってこない。もうどこかへ行って。僕にかまわないでよ。

 苛立ちながら、僕はおじさんに背を向ける。

 しかし、おじさんは僕のとなりに座ったまま動かずに、さらに続けた。
「だけどな、この国で生きる以上、こういう災害はこれからもたくさんある。そういう場所に、俺らは住んでるんだと、覚悟しなきゃならない」

 ――え……これからも、こんなひどい災害が?

「だからお前の力を貸してほしいんだ」

 ――え?

 僕は顔を上げた。おじさんは、真剣な眼差しで僕を見ていた。

「俺は、おまえの家族のようなひとを、これ以上生み出したくないんだ。おまえのように家族を失って悲しむひとたちを少しでも減らしたい。だからレスキューに入った。おまえはどうだ? お前の家族のように苦しむひとを、助けたいとは思わないか?」

 ――そんなことができるの? 僕に?

「お前ならできるよ。素質がある。お前は、家族のことを最後まで諦めなかったもんな」

 ――もし、そんなことができるのなら。

「どうだ? レイ」

 ――僕は……。

 おじさんを見る。強い眼差しが、僕を射抜く。その目を見て、僕は覚悟を決めた。

「だけどな、レスキューに入ることはとても難しい。相当な努力が必要だ。それでも、頑張れるか?」

 ――どれくらい難しいんだろう。僕に耐えられるのかな。僕にそんな才能があるのかな。

 不安で足がすくむ。

 ――……でも。それでも、あんな思いはもう二度としたくない。だから……やってみせる。

 僕はまっすぐにおじさんを見つめて、返事をした。
 するとおじさんはニッと笑って、僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「よし。いい覚悟だ! それならうちに来い」

 こうして僕は、おじさんの家の子になった。


 ***



 それからというもの、僕は毎日毎日訓練に明け暮れた。
 おじさんの言うとおり、訓練はとても厳しくて苦しかった。
 けれど、それでも僕は、まひるちゃんたちを思ってどんなに辛い訓練も乗り越えた。

 僕にはやるべきことがある。

 弱音を吐く暇があったらもっと努力をして、ひとりでも多くのひとの命を救うんだ。

 あの日できなかったことを、できるようになるんだ。後悔しないために。

 そう、何度も挫けそうな心に言い聞かせて。

 そして僕はとうとう、いくつもの難しい試験を突破して、本物のレスキューになった。

 災害現場でひとつ、またひとつと命を救うたび、僕の胸を支配していた罪悪感が取り払われていくようだった。


 ***



 レスキュー隊になって十年が経ったある日、あのときと同じような大きな災害が起こった。
 僕はすぐさま、おじさんと災害現場に出動した。

 目の前には、あのときと同じような地獄絵図が広がっている。けれど、不思議と怖くはなかった。

 だって、今の僕はあのときとは違う。きっと、たくさんのひとたちを助けることができる。

「だれか……」

 瓦礫の中から、今にも消えてしまいそうなかすかな声が聞こえる。

「だれか、たす……けて……」

 小さな声が、たしかに聞こえた。
 胸が熱くなった。

 ――大丈夫、今助けるよ。すぐに助けるから、あと少し頑張って。

 僕は大きく叫んだ。

 ――要救助者がここにいるぞ!

 その場にいたレスキュー隊員たちが、総出でひとりの女の子を助けるために動く。
 そうして、瓦礫の下から救い出されたのは、小さな小さな女の子だった。

 どこか、まひるちゃんの面影と重なる女の子だった。

 ――あぁ、助かってよかった……。

 ホッとしたときだった。

 女の子を抱き上げたレスキュー隊員の真上に、大きな影が落ちた。
 その瞬間、僕には、その場所だけがまるで時が止まったかのようにスローモーションに映った。

 瓦礫が、落ちてくる。

 ――危ないっ!

 僕は咄嗟に、隊員ごと女の子を突き飛ばした。

「うぁっ!」

 隊員が衝撃でよろけて転ぶ。その直後、轟音が響いた。

「おいっ! どうした! 大丈夫か!?」

 音に気付いた隊員たちが駆け寄ってくる。

「俺たちは大丈夫、ただ……」
「おい、レイ!」
「レイ! 大丈夫か!? 血が……!」
「すぐに運べ! 急げっ!」

 泣き声が聞こえる。
 僕は力を振り絞って目を開ける。

 うっすらと歪んだ視界に入ったのは、女の子の泣き顔だった。まひるちゃんに似た女の子が、僕を見て泣いている。

 ――泣かないで。僕ならぜんぜん大丈夫だから、だから、泣かないで。

 そう言いたくても、声が出ない。

 ――足が痛いよ。身体が熱いよ。僕、どうしたの……?

 意識が朦朧とする。

「うわあぁぁん!」

 女の子がひときわ大きな泣き声を上げた。
 ハッとした。

 ――あぁ、この声だ。

 僕はずっと、まひるちゃんのこの声が聞きたかった。悲しそうでもいいから、生きている証のこの声を。

 だけど、まひるちゃんはなにも言わなかった。動かなかった。

 十年前の僕は無力で、大切な家族を助けられなかった。

 だけど今日は、ちゃんとできたんだ。助けられたんだ。

 これまでずっと、訓練を頑張ってきてよかった。僕が生かされたのは、きっとこの子を助けるためだったんだ。

 足の感覚がなくなっていく。

 もしかしたら、僕はもうダメかもしれない。
 でも、後悔はない。悲しくはない。むしろ誇らしいくらいだ。

 空に昇ったらきっと、まひるちゃんや、パパとママに会える。
 家族に会えるなら、死ぬのなんて怖くない。

 僕は静かに目を閉じた。


 ***



 次に目を覚ますと、僕はいつもの部屋にいた。

 ――生きてる? ……そうか、僕は、また生き延びてしまったのか。まだあの子には会わせてもらえないのか……。

 まだ生きていることにがっくりしながら身を起こすと、すぐそばにおじさんがいた。

「……おう、レイ。起きたか」

 おじさんが来たってことは、訓練の時間だ。すぐに準備をしないと。

 立ち上がり、いつものように犬舎から出ようとすると、おじさんが静かに僕の背中を叩いた。

「レイ、大丈夫。おまえはな、もう訓練はしなくていいんだ」

 ――え?

「おまえはもう、穏やかに生きていいんだよ」

 ――そんな、どうして。僕はずっと、だれかを助けるために……。

 そう口にしようとして、足に上手く力が入らないことに気が付いた。

 ――あれ?

 歩こうとすると、力が抜けてしまう。そのままこてん、と転がった。

 ――どうしたんだろう……なんか、へんだ。

 頑張って踏ん張って、もう一度立ち上がって一歩を踏み出す。
 辛うじて歩くことはできるけれど、すぐに力が抜けてしまう。

 これでは、足場の悪い災害現場でなにもできない。

「無理するな、レイ。おまえはもう限界なんだ。この十年、よく頑張ったよ。そろそろ潮時だ」

 ――限界?

 おじさんの言葉に愕然とする。

 ――そんな……それじゃあ、僕はもうだれかを助けることはできないの? それなのに、生きなきゃいけないの? 目標もなく、生きなきゃいけないの……? そんなの……僕には無理だ。ひとの役に立てないなら、僕には生きる意味なんて……。

「そう落ち込むな。……そうだ。おまえに会いたいって言ってるひとがいるんだ。ちょっと待ってろよ」


 ***



 しばらくしておじさんが連れてきたのは、僕が助けたあの子だった。
 まひるちゃんに似た、小さな女の子。
 女の子のそばには、両親らしき男女が寄り添っている。

「どうも、三島(みしま)さん。この子がレイです。とても優秀なヤツで、これまであさひちゃん以外にもたくさんのひとを救ってきたんですよ」
「えぇ、存じております。本当に、レイくんのおかげでこの子は助かりました。ありがとうね、レイくん」

 大きな手が僕の頭を優しく撫でた。

 ――あたたかい。

「レイ。この方たちはな、おまえを引き取りたいって言ってるんだ」

 ――え?

 驚いておじさんを見ると、おじさんは優しく微笑んだ。

「レイ、これまでよく頑張ったな。今日これから行われる退官式をもって、おまえは警備犬を引退することになった。これからは、おまえを大切にしてくれる家族と穏やかな暮らしを楽しんでほしい」

 ――このひとたちと僕が、家族に……?

「こんにちは、レイくん。私たち、あなたの家族になりたいの」
「どうかな、レイくん」
「わんわん! あさひの家族!」

 ――家族? 僕に……また、家族ができるの?

 女の子が僕に抱きつく。

「わんわん、足痛い?」

 すぐ近くで、女の子の悲しそうな顔が見えた。

「あさひのせいで、わんわん死んじゃう?」

 ずきん、と心臓が疼く。

 ――そんな顔しないで。僕はぜんぜん大丈夫だから。

 そう言おうとしたとき。僕より早く、おじさんが言った。
「大丈夫」

 おじさんは女の子の前にしゃがみ込むと、ゆったりとした口調で言った。

「あさひちゃん。レイはな、あさひちゃんよりずっと小さな頃に大切な家族を失ったんだ。それからは、おじさんのところでずっと訓練をして、たくさんのひとを助け続けてきた。すごく優しくて、強い子なんだよ。だから、こんな傷へっちゃらなんだ」
「へっちゃらなのに、わんわんレスキュー辞めちゃうの?」
「違うよ。これからレイは、あさひちゃん専属の警備犬になるんだよ」

 ――え?

「あさひだけの?」

 女の子の顔に、パッと花が咲く。

「そう。レイにとって、あさひちゃんは大事な家族。あさひちゃんも、レイのこと大切にしてくれるか?」
「うん! わんわん、大好き! あさひのだいじだよ!」

 僕をぎゅっとする女の子の手は、とてもあたたかかくて、みずみずしくて……それでいて優しい匂いがする。
 まひるちゃんに抱き締められたときのことを思い出して、胸がぎゅっと苦しくなった。

「……そっか。ありがとう、レイをよろしくな」
「うんっ!! わんわん、だいじ! あさひのだいじ!」

 ――僕が、だいじ? こんな僕が……?

「ママー! わんわん、しっぽ振ってる!」
「よかったね。レイくん嬉しそう」
「パパ、ママ。あさひ、レイくんのお姉ちゃんになるよ」
「あらあら、レイくんのほうがずっと歳上なのに」

 ――そうだよ。僕のほうが、あさひちゃんよりずっとお兄さんなんだ。

「いいのー! あさひがお姉ちゃんなの!」

 ――そっか。君にとって僕は弟なんだね。いいよいいよ、弟でもお兄ちゃんでもなんでもいい。それで君が笑顔になれるなら、僕はなににでもなるよ。だから君は、ずっと笑っていてよ。

「レイくん。君はこれからうちの子だ」
「よろしくね、レイくん」
「それでは、レイをよろしくお願いします」

 おじさんの瞳は、なぜだかきらきらと光っていた。

「こちらこそ、一生大切にします」

 退官式を終え、退職金代わりの高級ジャーキーを大量にもらったあと。
 あさひちゃん家族とともに、僕は長く暮らしたおじさんのもとを去ることになった。


 ***



 そして、駐屯地を出て、車に乗り込もうとしたとき。
「レイ!」
 おじさんに大きな声で名前を呼ばれて、振り向いた。

 おじさんは、顔をくしゃくしゃにして叫んだ。

「レイ! おまえは……おまえは、間違いなく俺の中のナンバーワンだ! 今までよく頑張った! 達者でな!」

 ――おじさん……おじさんっ!

 僕は我慢できなくなって、大きくしっぽを振り回しながらおじさんに飛びついた。

「レイ! こら、この甘えん坊め」
「わんっ! わんっ!」

 笑いながら目元を押えるおじさんを見て、そのにおいを嗅いで、ようやく気付く。

 ――あぁ。
 僕は、なんて幸せだったんだろう。まひるちゃんや、パパやママを失ったあの日から、ずっとひとりぼっちだと思っていた。
 けれど、違ったんだ。
 僕はずっと、ひとりじゃなかった。おじさんがずっと僕の居場所になってくれていたんだ。
 おじさんだけじゃない。ほかにも、いろんなひとに助けられて、ここまで生きてきたんだ……。
 今さらになって気が付くなんて。
 ねぇ、おじさん、まひるちゃん、パパ、ママ。
 安心して。
 僕はこれからもちゃんと生きるよ。
 僕を家族に迎えてくれたひとたちが、もう泣かなくて済むように。笑っていられるように。
 いつかお迎えが来るその日まで、必ず守りきるからさ。
 だから心配しないでね。

 青々とした真昼の空に君を想いながら、僕は一度だけ、「わん」と泣いた。