「ちょっと、逃げるんですか?」
後ろから強い語気で言ったのは和美だった。

振り向くと和美が睨みつけてきている。
大きな目が釣り上がり、まるでキツネみたいだ。

「佐藤くん、また君か!」
部長まで和美と同じような顔になって幸を見つめる。

幸は慌てて左右に首をふり「私は、なにも」と、答える。
朋香が勝手に泣き出しただけだ。

そう伝えるけれど、部長は幸を開放してくれはしない。
「君は毎日毎日後輩をイジメて、恥ずかしくないのか!」

そう、これは幸の日常。

出勤すると朋香と和美のどちらかが話しかけて来て、まともに対応すれば仕事を押し付けられ、無視すればイジメられたと部長に泣きつく。

「私は別に、なにも……」
ブツブツと口の中で反論してみても、幸の言葉なんて誰も聞いていない。

幸は恨めしそうに、遠くからこちらを見て笑っている朋香と和美を見つめたのだった。