「で、でもだな、こんな時に……」

 輝きを増していたラルドリスの朱い瞳は、一瞬後にはすぐ翳ってしまう。幽閉された母のことを考えると、ここで自分が積極的に楽しむことを申し訳なく思うのだろう。しかしシーベルはそんな彼をうまく諭した。

「何事も切り替えが大事ですよ。長旅で疲れた馬の足も休めさせたいですから、本日はもう動けません。そんな時は、鬱々とした気分を抱えてうずくまるよりも、外にでも出て発散した方がいい。城に戻れば、否応なしにザハール様と争わなければならないのですから、今のうちに英気を養っておくべきでしょう。母君にもきっと、いい土産話ができますよ」
「そう……かな。わかった。ならば行くか、メル」

 逡巡を見せたラルドリスだが、決断すると行動は速かった。すたすたと下に降りる階段の方へ向かってゆく。仕方なくメルも後を追おうとした。

「日暮れ前には戻って来てください。おっと、そちらのリス君も、たまにはお兄さんと遊びましょうか」
「チチッ」

 その前に、シーベルが素早くエプロンの前に手を差し出すと、顔を覗かせていたチタはすんなりと袖を駆けあがってゆく。