学校から帰ると直ぐに家を飛び出して街中をフラフラと歩いていた。

すると小学生の頃、3人でよく遊んだ公園が目に入ってきた。

結菜が生きてた時は何とも感じなかったこの公園も、結菜がいなくなってしまった今はとても懐かしく感じられてつい足が止まってしまった。

ブランコに腰掛け、公園の中を見回すと、3人で遊んでる情景が目に浮かんできた。

あの頃に戻れるなら戻りたい。

もう1度あの時に戻れるなら、結菜の病気を早期に発見させて病気を治させてあげたい。

「快斗くん?」

「えっ…」

うしろを振り返ると、そこには意外な人物が立っていた。

結菜の姉の七海さんだった。

「部活は出なかったのね?」

「そんな気分じゃないんで。それよりどうして僕がここにいると?」

「あなたの家に行ったら、おばあちゃんが出掛けたって言ってたから、あちこち探したの」

「そうですか…それで僕に何かようですか?」

「結菜の言った通りになったわね」

「えっ…結菜が何か言ってたんですか?」

「えぇ、自分が死んだら快斗は学校も部活も行かないで落ち込んでるって…」

「さすが結菜です。僕のことなら全てお見通しと言う訳ですね」

「快斗くん、あなたがそこまで落ち込んでいるのは結菜が親友だったから?それとも…」

七海さんは何かを言いかけたけど、結局は言葉を飲み込んだ。

「僕と結菜は親友です。いぇ…親友だと思っていました。でも違ってたんです。結菜が病気になってから僕は自分の気持ちに気付かされました。僕は結菜を愛してます。1人の女性として結菜を大好きだし、愛してます」

「嬉しいけど、それを結菜には伝えられたの?」

「はい、最後の最後で伝えることが出来ました…」
「それなら…あなたに見せたいものがあるの」

「見せたいもの?何ですか?」

「結菜があなたに残したメッセージよ。本当は見せるかどうか迷ったの。でも、あなたの気持ちを聞いて決心したわ。だから見てあげてちょうだい」

七海さんは僕にスマホを手渡してきた。

そこにはベッドの上の結菜が映し出されていた。

髪は生え揃っていて、頬もまだふっくらしていた。

「これはいつ撮ったものですか?」

「結菜が入院して数日経った頃のものよ。結菜が万が一の時に備えて、快斗くんにメッセージを残しておきたいと言って、私が撮影したの。結菜は自分の病気も知っていたし、覚悟もしていたの」

「あの時から結菜は…」

結菜は病気のことは知らないと思っていた。

両親も伝えないと言っていたし、誰も教えることはないはずなのに…。

「結菜が自分で病院の医師に聞いたの。飲んでる薬や点滴をネットで調べて何となくわかっていたんだと思うの」

「そうとは知らずに僕は…」

「仕方なかったの。あの子が決めたことだから」


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「快斗、この動画を見ているということは、私はもうこの世にはいないということなのね」

「あなたのことだからヒドく落ち込んでしまっているかもしれないわね」

「学校にも部活にも行かなくなってしまっているかも」

「考えただけで心配です」

「なんて言ったら、あなたを立ち直らせてあげられるか考えたわ。どんな言葉をかけてあげたら、あなたが元気になれるか考えた。でも、結局は何も思い浮かばなかった」
「でも、心配しないで。人は時間が経つにつれて悲しみは小さくなっていくものだから。少しずつ前を向いて歩けるようになるものだから。でもそれは、薄情とか冷たいとか、そういうことじゃないの。人は悲しみを抱えていたままでは生きていけないから、脳が自己防衛のために悲しみを小さくしていくの」

「そして何年何十年も経てば、私を忘れて行くの。その方がいいの。あなたにはあなたの輝かしい未来が待っているから。幸せで楽しい人生がやって来るから」

「だから今直ぐに立ち直って元気になってとは言わない。少しずつでもいいから元の快斗に戻ってくれればいい。なんてね。その原因を作っているのが私なのに偉そうなことを言ってゴメンね。本当にごめんなさい」

「でも、私は信じてる。あなたの強さを。そして優しさを」

「私は死んじゃうから…一緒にいられなくなっちゃうから…約束して欲しいの。サッカーは続けて。そして私を全国大会の決勝に連れて行って優勝して」

「今のままでは優勝は難しいと思う。今年の東京大会でもベスト3がいいとこだと思う。あなたのサッカー部は優勝する実力を持っている。持っているのに優勝できないのは何でだと思う?それは…私の口からではなくて、月から聞いた方がいいと思うから私は言わない。それが克服出来たなら優勝は夢じゃないわ」

「絶対に私を全国大会の決勝に連れて行って優勝して」

「じゃあ、長くなっちゃたけど、これで終わりにします。快斗、じゃあね、バイバイ」

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結菜は画面に笑顔で手を振っていた。

途中、涙で画面が見えなくなっていた。

余りにも悲しすぎて見ていられなかった。

あの日から流すことのなかった涙が次から次へと溢れ出して今度は止められなくなった。
「快斗くん、実はもう1つ動画があるの。これは撮影したものの結菜が見せないでって言ったから本当は見せるつもりはなかったの。これを見てしまったら、あなたはもしかしたら、悲しみに押し潰されてしまうかもしれないから」

「それでもいいです。結菜が僕に残してくれた言葉なら僕は全て受け止めます」

「そう、わかったわ」


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「快斗、これを見ているということは私は死んでしまっているのね」

「私ね…快斗のことが好きだったんだよ。ずっと好きだったの。今も変わらずあなたが好き。あなたが私の小学校に転校してきて初めてあった時に、私はあなたに一目惚れしたの。今はあの時の何百倍何千倍何万倍もあなたのことが好き」

「快斗の全てが好きだった。髪の毛も目も鼻も口も耳も首筋も二の腕も太ももも足も全部好きだった。それに話し方も仕草も行動も走る姿も優しさも全部全部好きだった。あなたと親友になって近くであなたを見ていられるだけで本当に幸せだった」

「でも、不思議なもので好きになればなるほど苦しくて切なくて悲しくなった。いつも一緒にいてそばにいるのに満たされなくなっていった。いつしか私はあなたのものになりたいと思った。付き合って結婚して一生一緒にいたいと思うようになった」

「何度告白しようとしたかわからない。でも、言ってしまったら今の関係すら続けられないと思うと怖くて言えなかった。逆に言わなければ親友としてずっと一緒にいられると思ったの。そう思ってしまってからは告白するのは諦めて、できる限り1分1秒でも快斗と一緒にいようと思ったの。だから親友でいたし、サッカー部のマネージャーにもなった」

「こんなこと言ったらあなたを苦しめてしまうかもしれない。未来あるあなたに呪いをかけてしまうかもしれない…」

「快斗、私…死にたくない。死にたくないよ…。ずっと快斗と一緒にいたい。一緒にいて快斗に私を好きになって欲しい。私を愛して欲しい。付き合いたいし、結婚もしたい。2人の子供を沢山産んで幸せな家庭を作りたい」

「快斗、私あなたが好き。全部好き。大大大大大大好きなの。だから…」

「お姉ちゃん、もう動画止めて。こんなの快斗に見せられないよ。恥ずかしい」

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そこで動画は切れた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ――」

どうしたらこの悲しみから逃れることが出来るだろうか?

どうしたらこの苦しみから開放されるだろうか?

どうしたら動画の中の結菜に思いを伝えて抱きしめてあげることが出来るだろうか?

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」

「快斗くん、私のわがままであなたにツラい思いをさせてしまった。本当にごめんなさい。でも、1つだけあなたに伝えたいことがあるの」

「なっ‥なん…です?」

「結菜はあなたの気持ちに気づいていたわ。どこで気づいたのかは私にはわからない。たぶん結菜の死を知ったあなたが自分の気持ちに気付いて接し方や言葉とか態度が変わったからなのかもしれない。感のいい結菜だから直ぐに気付いたんだと思うわよ」

「結菜は気づいてくれていたんですね…」

「100%間違いないわ。快斗くんからも感じ取ったのもあるけど、もしかしたら、そのあと誰かに何か言われたかもしれないわね」

「誰かって?」

「それはあなたの方がわかるんじゃないの?」

「えぇ、まぁ…」

そんなヤツ1人しかいない。

「でも、あの時かしらね?夜に面会に行った時にスゴく機嫌が良い時があったのよ。いつもなら私が面会に来ても寝たままのあの子が起きて私に快斗くんの話しをしてきたの。今日は快斗くんが来てこんな話をしたとか、聞いてもいないのに話してきたのよ。何か変だと思ったけど、思い返せばあの時だったのかもしれないわね」

「そんなことがあったんですね」

「結菜も言ってたけど、悲しみはいつかは癒えるものよ。そして少しずつ忘れていくの。でもそれは生きて行く上でとても大切なこと。あなたはこれから先何十年も生きて行くんだから。きっと結菜もあなたの幸せを願って天国に旅立ったと思うの」

「僕は結菜を忘れません。結菜を胸に生きて行きます。そして連れて行ってあげるんです。中学でも高校でも全国大会の決勝の試合に。プロになって日本代表として出場する試合に結菜を連れて行きます」

「ありがとう。本当に結菜は愛されていたのね」

七海さんは泣いていた。

顔も声も結菜に似ている七海さんのその姿が少しばかり結菜と重なってしまい、気付くと肩を抱いてあげていた。
その日の夜、月の家に立ち寄った。

「どないした?快斗がわしの家に来るなんて珍しいな」

「どうしても聞きたいことあるんだ」

「何のことやねん?」

「サッカーのことだよ」

「そうか、せやったら近くの公園に行って話そか」

それから今日2度目の公園にやって来た。

「それでサッカーの何が聞きたいねん?」

「どうしたらうちのサッカー部は全国大会で優勝できる?」

「どないした急にやる気になって?」

「どうなんだ?月にだったらわかるんだろ?」

「あぁ、わかるで」

「だったら教えてくれよ。頼むよ」

「本気出せや。もっと全力でプレーしぃや」

「いつも全力でやってるよ。手を抜いてる訳ないだろ」

「お前の本気はあんなんか?ちゃうやろ?ほんまにわかれへんのか?」

「わかんないよ」

「せやったら教えたる。チームメイトのこと考えてプレーすな。他のヤツに華を持たせようとすな。自分が全部シュートを決めたらええ。それをチームメイトは望んでお前にパスを集めてるんや。お前にシュートを決めて欲しゅうて、みんな必死にボールをお前に集めてるんや。勝ちたいから、そうしてるんや。せやったらお前がせなあかんのは1つだ。お前がシュートを決めてチームを勝利に導かんかい。ほんで全国大会で優勝せんかい」

「それでうちのチームは勝てるのか?全国大会で優勝できるのか?」

「もちろんや。本気で勝ちたかったらそうせんかい」

「だったら、これからはそうする。勝つためにそうする」

「頼むぞ、キャプテン」

「あぁ、必ず勝って結菜を決勝に連れて行って優勝する」

「そうやな。結菜もそれ望んでる。わしも結菜も快斗はサッカー選手としては一流でプロでも活躍できる能力は持ってるんはわかっとった。ほんで、もう一皮剥けたらお前はほんまにプロでもトップクラスの選手にもなれる思てる。お前ならやれる。絶対にいける。このわしが言うてるんやから間違いあれへん」

「必ず結菜を決勝の舞台に連れて行く」

その為ならどんな努力も惜しまないし、死ぬ気で頑張れる。
次の日から、死にものぐるいで練習に明け暮れた。

チーム全体の能力も上げることはもちろんだったけど、僕自身のスキルも磨いた。

そのために、地元の大人のサッカークラブに入ってプレーをさせてもらった。

最初は自分よりも身長が大きい人ばかりだったし、力も中学生の僕よりも格段に上で最初は慣れるまで大変だった。

でも、慣れてしまえばなんてことなかった。

次第に僕はその中でも頭角を現しテクニックや試合運びでは誰にも負けないくらいになっていった。

今ではレギュラーメンバーに選ばれて試合にも出させてもらっている。

大人の中でサッカーをプレイすることは本当に勉強になったし、もの凄く良い経験になった。


そして時は流れて僕は中学3年になった。

とうとう今日は全国大会の決勝戦。

ここまで来るにはかなりの苦難を強いられた。

それでも予選から順調に勝ち進み、準決勝で去年の東京大会の準決勝で敗れたB中学とあたり、3対1で勝利した。

去年のリベンジは果たすことが出来た。

予選から準決勝までの試合での僕の平均得点は4点で、合計得点でも全選手中で1位の成績を収めていた。

それは僕だけの力ではなく、月の適切なアドバイスと、チームメイトの頑張りがあってのことだった。

万が一、今日の決勝で1得点もあげることが出来なくても僕は1位でこの大会を終えることになる。

だけど、そんなことはどうでも良かった。

僕の望みは全国大会優勝。

これだけだ。

結菜を全国大会の決勝に連れて行き、優勝する。

これが結菜との約束だ。

だから絶対にこの試合は負けられない。

必ず勝ってやる。

「結菜、見ててくれ。絶対に勝ってくる」

僕はベンチの椅子の上に置かれている結菜の遺影と僕と月が結菜の誕生日プレゼントにあげたジェラートピケのクマの抱き枕に向かって言った。

これらは結菜が亡くなり、僕が練習に復帰することになったその日から、必ずベンチの椅子に置いて僕らを見てもらっていた。

全国大会が始まってからも毎試合、ベンチの中で僕らを応援してもらった。

「行ってくるね」

結菜の遺影とクマの抱き枕を見ながら、僕は拳を握り、天に向かってそれを掲げた。

そして試合は開始した。





その日の夜、僕と月は結菜の自宅にやって来ていた。

結菜の両親は共働きでまだ帰って来てはいなかったけど、姉の七海さんが出迎えてくれた。

そして家にあがり仏間に通されると、そこには後飾り祭壇の上に結菜の遺骨が入った骨壺の箱が置かれていた。

本来なら49日の法要の時に納骨するらしいけど、結菜の母親がお墓に1人じゃ寂しすぎるからと言って家に置いたままにしているらしい。

「結菜、約束通り優勝したよ。いつもベンチで見守ってくれてありがとう」

「結菜、快斗はほんまにスゴい奴やで。お前を決勝に連れて行って優勝させてまうんやから。ホンマすげえ奴や。せやけど、この結果は快斗1人の力ではどうにもなれへんかった。もちろん仲間のおかげはある。せやけど、1番大きいのは結菜の力やで。結菜が快斗を眠りから覚まし、覚醒さした。結菜の存在がなかったら、快斗は闇に飲まれて2度と這い上がることは出来へんかった。結菜のおかげやで。ほんまにおおきに」

「本当に月の言う通りだよ。結菜が僕を救ってくれた。結菜がもう1度僕をサッカー人生に引き戻してくれた。感謝してる。そしてこれからも結菜を連れて勝ち続ける。次は高校サッカーの決勝に連れて行って優勝する。そして、これは僕よりも結菜に持っていて欲しい」

僕はそう言うと、祭壇の上の結菜の遺影に優勝のメダルをかけた。
時は流れて僕はF高校の2年生になった。

今年の新1年生として香澄と奈未ちゃんが入学して来る。

奈未ちゃんと会うのは小学5年生以来だ。

そのあとは会っていない。

中学生になって部活が忙しいというのも、もちろんあった。

それもあったけど、1番の理由は結菜が亡くなったこと。

そして僕が結菜を死ぬほど好きだとわかったことだ。

奈未ちゃんを嫌いになった訳ではないし、今でも好きという気持ちは変わらない。

でも、今は誰よりも結菜が好きで…好きすぎて自分の想いを抑えることが出来ない。

結菜が亡くなったあとも、僕の結菜に対する気持ちが色褪せることはなかった。

それどころか結菜への募る想いがどんどん大きくなって行った。

結菜が亡くなって2年が経つけど、今でも結菜に会いたくて声が聞きたくてどうしようもなくなる時がある。

悲しくて切なくて涙が溢れ出すことだってある。

どうしても結菜を忘れられなかった。

F高校は本来なら奈未ちゃんのようなお嬢様が入学する学校ではなかった。

他にいくらでもお金持ちの家の子が通うような学校はあったはずなのに、わざわざF高校を受験して入って来た。

4月8日。

朝練が終わり教室に戻ろうとすると、月に案内されて奈未ちゃんが僕の前に現れた。

数年ぶりの再会だった。

嬉しかった。

胸が踊った。

ずっと会いたい人だったから。

相変わらず、奈未ちゃんは他の女子にはない品と美しさを兼ね備えていた。

そして少しだけ話もした。

柊木さんから定期的に送られてくる写真で奈未ちゃんのリアルな姿はいつも見ることは出来たけど、実際に会ってみると、写真よりも格段にキレイで美しかった。

ニューヨークの学校では男子からは人気があったけど女子からは相当反感を買っていたらしく友達と呼べる友達はいなかったみたいだ。

お嬢様言葉で人を見下したような話し方は周囲の人間から「お高く止まっている」「嫌味ったらしい」「美人だけどツンとしていて冷たそう」「高飛車な女」などと誤解を招いていた。

本当はそんなことはなく、誰よりも優しくて思いやりのある人なんだけど。

確かに白川家の令嬢として恥じないような生き方をさせられてきたし、彼女が持つものは一流品の高級ブランドのものばかりだ。

だけど、奈未ちゃんはそんな生き方をしたかった訳ではないし、高級ブランドが好きな訳ではないと柊木さんから聞いたことがある。

普通の女の子のようにお喋りをして笑って泣いて怒ったりしたいし、可愛いキャラクターの物を持ちたいとボソッと漏らしたことがあったという。

きっと奈未ちゃんは色んなことを我慢して生きてきたのだと思う。

白川家のお嬢様という重圧もあったと思う。

人には言えない苦労を強いられてきたに違いない。

僕にはそれがわかっているだけに、奈未ちゃんの行動1つ1つが愛おしく感じられた。