「ただいまぁ」

2時間くらいしてママが買い物から帰って来た。

18時を回っていた。

2時間の買い物ってどこまで行ってきたんだろう?

急いで玄関まで出向いて行くと、ママから嗅いだことのある良い香りが漂ってきた。

何の匂いだっけ?


「おかえり。遅かったね。どこまで買い物に行ってきたの?」

「ごめんね、スーパーで近所のおばさんにつかまっちゃって、長話に付き合わされちゃったのよ」

私はママの胸の谷間に顔を押し当てて勢いよく匂いを嗅いでみた。

良い香り…

でも、ママの香りじゃない。

この匂いってもしかして…

「どうしたの?」

「うぅん」

私は自分の部屋に戻ってメールを送った。

《パパ、もしかしてインフルに感染してない?》

すると直ぐにメールが返ってきた。

《大丈夫だよ。パパは元気だよ》

《今、どこにいるの?》

《家だよ》

《今からそっちに行ってもいい?》

《会いたいけど、安静にしてなきゃダメだよ。誰かにうつすかもしれないしね》

《そうだよね》

確かに、インフルの私が外を出歩いて、周りの人に菌をバラまいてしまうのは良くない。

それにパパがインフルじゃなかったとしたら、私がパパに会うことで感染させてしまうリスクが高くなってしまう。

でも、私の直感だけどパパはインフルに感染してしまっている。

私は再び脱走を試みた。

ママはキッチンで料理をしている。

今ならイケる。

こっそり抜け出そう。

私は恐る恐るキッチンの前を歩いて行った。

よしっ!

通過できた。

「香澄、どこ行くの?」

えっ…気付かれたの?

「ちょ‥ちょっとコンビニに雑誌を買いに…」

「そう…行くなら歩きはよしときなさい。外は暗くなってきてるんだから」

「大丈夫だよ」

「ダメ、体調だって完全じゃないんだし、無理は禁物よ。ちょっと待ってなさい。ママが車だしてあげるから」

ママはそう言うと、出かける支度を始めてしまった。

でも何で?

コンビにって言ってるのに…

もしかしてバレてる?

パパのところに行くってバレてる?

じゃなきゃ車を出すなんて言わないよね…。

「ママ…」

「行きたいんでしょ?行ってきなさい。ママは止めないから」

「いいの?私がパパのところに行くの嫌じゃないの?」

「う〜ん、全然とは言えないけど、反対はしない。だって香澄のたった1人のパパなんだから」

やっぱりママは全てわかってた。

最初からわかってた。

全てお見通しだったんだ。

それでも今まで私がパパに会いに行くのを黙って見てくれていたんだ。

「ママ、大好き!」

私はママに抱きついてそう言った。

ママの首筋に鼻をこすらせてママの香りを吸い込んだ。

良い香り。

私のママの香り。

大好きなママの香り。

「くすぐったい」

「やだっ」

「ホントに甘えん坊さんなんだから」

「私はママと一生一緒に暮らすの。死ぬまで一緒にいるから安心して」

「嬉しい。でも、いつかは…」

ママはそこまで言うと言葉をつまらせた。

そのあとの言葉が何だったのかは私にはわからない。

わからないけど、何となくわかる。