「あー、やばいね、バカは風邪引かないって言うのに……」

「ちょっと、どういう意味?」

「あは」


ギロリと睨むと、綾都は笑いながら私から目を逸らした。

朝の7:00。

風邪を引いた時独特の関節の痛みと倦怠感で目が覚めた。

案の定、体温計の中の数字は38.5をあらわしていて。

これじゃあ大学の授業、出れないよ……。と肩を落とす私の額に、綾都の額が重なった。


「っ……」


突然の行動に、心臓がドクリと音を立てる。


「かなりしんどいんじゃない?」

「べっ、別に……。慣れたもん」


綾都がいない間、私はずーっとひとりだったんだから。そんな意味を込めて返事をすれば、綾都は肩をすくめた。


「相変わらず強がりだな、お姫さん」


今日だって、何日振りに家に帰ってきたと思ってるのよ。

3日ぶりなのに。

寂しかったのは、私だけ……?

ふんっ、と鼻を鳴らして、布団にくるまった。


綾都は寂しくなかったんだ。熱出しちゃった私を見ても、なんとも思ってないんだ。

熱のせいなのか、そんな理不尽な言葉たちが不安となって頭の中に渦巻いていく。


綾都は、シャツの上のネクタイをシュル……と緩めると、完全にまわりをシャットアウトしていた布団を勢いよくはぎとった。


「わっ……ちょ、なに、っん……」


対抗しようとする私の手を軽々と絡めとると、宥めるようなキスが降ってきた。

触れるだけの、一瞬のキス。


「今日くらい大人しく甘えときなって。夫に」


ニヤニヤと笑みを浮かべながら、私の薬指に光るリングに唇をつけた彼。

なんだか綾都、いつもより優しい……?

いやいや、いつも優しいといえば優しいけど……。


「ま、いーや。寝ときなよ、昼になったら起こしてやるから」


私に気を使ったのか、今日1日オフだから、と言い残して部屋を出て行こうとする綾都。


ドキドキと、心臓が変な音を立てる。

甘えて、いいのかな……。私が甘えたら、綾都、引いちゃわないかな……。

でも、もう綾都が離れていっちゃう……。


そう思った瞬間、衝動的に体が動いていて。

相手が気づかないくらいの弱い力で、綾都のシャツの袖を掴んでいた。


「ん、どーしたんですか」


それでも、綾都は気づいてくれたみたい。

布団に顔を埋める私を覗き込むように、綾都がベッドサイドに腰かけてくれた。


「……」


緊張しているのか、何も言い出せない私を、何も言わずにただ待ってくれる綾都。

その手は、優しい手つきで頭を撫でていて。


「……て」

「なーに、聞こえない」

「もっと……キス、して」


こんな欲張りなことを言ってしまうのも。

ずっとそばにいてほしい、なんてことを思ってしまうのも。

全部全部、熱のせい___。



「ずいぶんとかわいーこと言うんだね、なに、今日はそーゆー気分なわけ」


挑発的な言葉も、今は心の内側にスッと入り込んできて。

綾都がキスする前に、必ずする私の頬を撫でる動作。

綾都の低い体温が心地よくて、思わず彼の手のひらにすり寄るようにすれば、少し目を見開く綾都。



「っは、おーせのままに」



チュ……と、軽くリップ音を立てて、何度も何度もキスを落としていく綾都。

最初は触れるだけだったそれが、次第にはむような甘いキスに変わっていく。


「っ、んぅ……」


思わず漏れ出てしまった、自分の声じゃないような甘ったるい声に、自分でもびっくりする。

頭、回んない……。

綾都に触れられている箇所から、ジン……と熱が広がっていって、甘く痺れるような感覚。


「もー蕩けてんじゃん」


チュ……と、惜しむような触れるだけのキスを最後にして、どんどんと離れていってしまう綾都の顔。

なんだかそれが寂しくて、力の入らない腕を、綾都の首の後ろに回した。



「まだ……もっと……」


あまりの離れがたさに涙がポロポロとこぼれ出てくる。

おかしいな……。綾都と会えなかったあの数年間、一度だって泣かなかったのに。


絶対に泣かないって決めてたのに。


少し離れちゃうだけで、ものすごく心細いの。



「まったく……俺をどーしたいのさ、お姫さんは」


「♡」



久々に見た、彼の余裕のない表情。



___綾都は、普段は必ず見ることができない夏芽の甘える姿に弱いらしい。