ところが、後ろからぐいっと腕をつかまれて。
「きゃ……!」
 次の瞬間、吉良先輩に強引に壁に押しつけられた。
 吉良先輩の顔が間近に迫る。
「だったら、いいよね? きみのこと、オレの好きにしても」
 そうささやく表情は、まさに獲物を捉えたオオカミみたいで。
 またたく間に全身を恐怖が支配する。
「オレ、前から舞衣花ちゃんのこといいなって思ってたんだ。オレの周り、やたら言い寄ってくる女ばっかで。たまには、きみみたいにおとなしめなタイプも手元に置きたくなっちゃったんだよね」
 私の腕をつかんでいる吉良先輩の手に、さらに力がこもる。
 ひどい……。
 ひとのこと、まるで物みたいにしか思ってないんだ。
「いつまでもあんなヤツのことでムダに悩むのやめて、オレのものになりなよ。ぞんぶんに大切にしてあげるから――」
 吉良先輩の唇が、私の首元にまるで噛みつくように近づく。
 いやだ、こんなの。
 蒼くん、蒼くん。
「……けて」
 もう、どうしたって届かないかもしれないけど。
 ただのムダなあがきかもしれないけど。
 震える口元を懸命にこじ開けて、
「蒼くん、助けてーっ!」
 私は、力のかぎり蒼くんの名前を叫んだ。

 足早に階段を駆け上がってくる音がして、そこに現れたのは。
「舞衣花!?」
「蒼くん!」
 夢でも幻でもない、正真正銘本物の蒼くんがそこにいた。
 来てくれたんだ……!
 蒼くんはすぐさま私の元にかけ寄ると、
「やめろ!」
 と、吉良先輩をつき飛ばして、私から引き離した。
 蒼くんは私をギュッと抱きしめて、
「大丈夫か、舞衣花?」
「うん……!」
 蒼くんが助けに来てくれたこと、蒼くんの腕のあたたかさにホッとして涙があふれて止まらなくなった。
 蒼くん、やっぱり私、蒼くんのことが大好き!

「いってぇー。乱暴なマネやめてくれる? 文化祭近いのに、手ケガでもしたらどうすんだよ? 手はギタリストの命なのに」
 吉良先輩が不機嫌そうに身体を起こした。
 蒼くんは吉良先輩の胸ぐらをつかんで、
「ふざけんな。ぐだぐだ言ってねぇで、ひどいことしたこと舞衣花にあやまれ!」
 と一喝した。
 けれども、吉良先輩は冷笑を浮かべただけで。
「ひどいこと? オレは好きな子に好きだって伝えたかっただけだよ。だいたいお前、舞衣花ちゃんとは幼なじみってだけだろ? オレが舞衣花ちゃんをどうしようと、お前にどうこう言われる筋合いないと思うけど」
 吉良先輩の胸ぐらをつかんでいた蒼くんの手がゆるむ。
「……幼なじみなんかじゃない」
 えっ?
「オレは昔からずっと舞衣花のことが好きだったんだ。舞衣花のことを悲しませるヤツは、このオレが絶対に許さない!」
 蒼くんは吉良先輩をしっかりと見据えて、そう言い放った。