あれは、二週間ほど前のこと。
 私と蒼くん家は家族ぐるみのつき合いで、小さい頃からときどきお互いの家で食事会を開くことがあった。
「親父が会社のゴルフ大会の副賞で牛肉の詰め合わせもらってさ。軽く五、六人前はあるから、舞衣花ん家もいっしょにどうだ?」
 って、蒼くんに誘われて私たち家族はもちろん喜んで参加することに。
 休みの日に、蒼くん家の庭でバーベキューパーティーが開かれたの。
 食事はとってもおいしくて、お互いの両親同士のおしゃべりにも花が咲いて。
 私は蒼くんといっしょに過ごせることがうれしくて。
 とっても楽しい時間が続いてたんだけど――。

「へぇ、舞衣花ちゃん。今度の文化祭であの曲演奏するんだ」
 雑談のなかで、たまたま私の話題になった。
「そうなんです! 中学のときに、蒼くんにおじさんのレコード聴かせてもらって好きになって」
「うれしいなぁ。オレもあの曲好きなんだよ。文化祭のステージ、オレも観に行こうかな」
 缶ビールを片手に、蒼くんのお父さんはエヘヘと笑った。ちょっぴり酔っぱらってるみたい。
「観に行くのはいいけど、舞衣花のジャマだけはすんなよ親父」
 蒼くんが静かな調子でおじさんにクギを刺す。
「ジャマなんてするわけないだろ? オレは舞衣花ちゃんのこと、ほんとうの娘みたいに大事に思ってんだから。なぁ、舞衣花ちゃん。大人になったら蒼の嫁さんになってやってくれよ。こいつ、若いくせに堅物で出会いのひとつもないんだから」
 お嫁さん?
 そう言われて、急に胸がドキドキしてきた。
 蒼くんのお父さん、事あるごとに私にそう言ってくるからお決まりの冗談だってことは分かってるんだけど……。
「舞衣花ちゃんがお嫁さんに来てくれるなら、私も嬉しいわ」
 あれあれ、蒼くんのお母さんも。どうしよう、なんか照れちゃうな。
「蒼くんみたいにステキな子が、舞衣花のお婿さんになってくれるなんて、願ったりかなったりよね!」
「そうだな、蒼くんにだったら安心して舞衣花を任せられる。少し寂しくはなるけど……」
 うちの両親まで!
 なんか、話がどんどん盛り上がってきてない???
「そんな話、勝手に決めんなよ」
 にぎやかな雰囲気をかき消すように、蒼くんの冷ややかな声が響いた。
「なんだよ。オレはな、将来お前が独りでさびしくならないようにって――」
 蒼くんのお父さんは軽い感じでそう口にしたけど、
「結婚なんて、そんな簡単に決められるモンじゃないだろ? オレらの気持ちも少しは考えろよ」
 蒼くんは険しい表情をくずさない。
「ふたりともゴメンね。お父さんも私も、そうなったらいいな~♪ ってつい口走っちゃったの」
 蒼くんのお母さんがフォローを入れた。
「すまない、僕たちも勝手なこと言っちゃったね」
 うちの両親も申し訳なさそうに頭を下げる。
 結局、その場はすぐに丸くおさまった。
 だけど、私の心には大きなざわめきが起こったままで。
 蒼くんのあんなこわい顔はじめて見た。
「困ったことがあったら、いつでもオレを呼べよ。すぐに飛んでいくから」
「うん、ありがとう! 蒼くん」
 私の知ってる蒼くんは、小さな頃からずっと優しくて、笑顔を絶やさなかった。
 私はあの頃からずっと蒼くんのことが大好きで、これからもそばにいられたらいいなって思ってた。
 だけど、さっきの蒼くんのあの表情。
「お嫁さん」はさすがに大げさだけど、蒼くんにとっては私とつき合うなんて迷惑な話なのかな。
私はただの幼なじみとしか思われてないのかな……。