「さっき……なんの用事があったの?」
「え?」
「ホームルームの後、教室にいなかったから」
すると香月雅は、少し視線を泳がせた後。「あ〜」と間の抜けた声を出した。
「ちょっと野暮用」
「ふぅん?」
彼が歩く度、黒の猫毛がふわりと揺れる。柔らかそうな髪だ。
意外にも大きな背中を見ると、昨日は感じなかった逞しさを覚える。
女子が好きそうな条件が揃ってるなぁ。これで顔がいいんだから、そりゃ姫岡さんも手放したくないわけだ。
(って……なに納得してるの、私)
きゅっ
思考を正そうと、下唇を噛み締める。
その音に気づくはずがないのに、同じタイミングで。香月雅は私に振り返り、柔らかい笑みを浮かべた。
その笑顔は……ずるい。
せっかく香月雅と壁を作ろうとしているのに、作りづらくなっちゃう。このまま仲良くしてもいいかなぁって思っちゃう。