「最初から怒っていないわ。わたくしが、『偽者だ』と告白したから驚いただでしょう?」
「はい。大広間で王女さまがそうおっしゃったときは、ひっくり返るほど驚きました。だけどそのあとで陛下がわたくしたちに、『王女は旅の疲れで心が乱れておいでだから、なにを言われても受け流して、お疲れが取れるように大事にして差し上げろ』と命じられたのです。だからわたくし、王女さまに『処刑はいつだ?』と聞かれたとき、どう答えていいかわからなくて⋯⋯」
「いいのよ。そう⋯⋯。そうだったのね。心遣いが嬉しいわ、ミケール。ありがとう」
 話していると、扉にノックが聞こえて、ほっそりとした赤毛の青年が入ってきた。
 国王に使える侍従長のカルラだ。長い赤毛を後ろに垂らした姿は中性的でオメガと見間違うほどだが、ベータだった。
「あ、お兄さま!」
 ミケールがパッと椅子から立ち上がった。
「城では侍従長と呼べと言っただろう?」
 カルラはミケールの兄だ。弟は子鹿のような雰囲気だが、兄の方はもっと落ち着いた静かな雰囲気をしている。
 妹をたしなめるような視線でチラリと見ると、すぐに視線をやわらげてフウルに一礼した。
「フウルさま、お湯の用意が整いました。どうぞ、お入りください。さあ、ミケール、フウルさまをご案内して——」
「はい、お兄さま——、じゃなかった⋯⋯侍従長!」
「まったくおまえは⋯⋯」
 ため息をついてカルラは出ていった。
「お兄さんと仲がいいのね」