6、血結び糸、真実を

 そして、パーティの日が訪れた。

 花や植物をモチーフにした装飾のかわいらしいフリルドレスを翻し、パパにエスコートしてもらった私はシトリ殿下と出会った。

 ――わあっ、おとぎ話に出てくるような王子様が、目の前にいる。
 
 シトリ殿下は、白金の髪に水色の目をした美少年だった。
 年齢はロザリットより1歳年下。
 「原作で死んでしまうキャラ」というのもあって、儚い雪みたいな印象だ。溶けちゃいそう!
 
「僕と一曲踊ってくださいますか? ロザリット嬢」
「光栄です、殿下」

 二人きりで話すチャンスだ。

 緊張しながらホールドを組むと、会場がざわざわとして注目してくる。
 ゆったりとステップを踏む私たちの耳に聞こえてくるのは「ニセモノだと噂の令嬢」とか「病弱だと噂の王子」といった噂話だ。

「噂になっている二人がダンスしたら、注目されますよね。おいやでしたか、すみません」
「いえ、だいじょうぶです。私こそ、すみません」
「かわいらしいロザリット嬢と踊りたかったのです」

 言葉は飾る様子がなくて、「ちょっと照れながら思った通りを伝えています」って雰囲気。
 リードは初々しく、ぎこちなくて、ダンスは噛み合わないときがある。

 ――でも。
 くるり、と二人で一緒に回転して、シトリ殿下の髪がさらっと揺れるのが、きれい。
 まっすぐにピュアな好意を伝えてくる瞳が、好ましい。

「ロザリット嬢についての噂が僕の耳にも届いていました。ずっと心配していて……ご無事だったらいいなと思っていたのです」
 
 私の記憶だと、面識はなかったと思うけど心配してくれていたという。
 優しい声だ。気遣いにあふれてる。

「お元気そうでよかった。僕、ロザリット嬢がお健やかでいてくださって、安心しました」
  
 はにかむように言う姿は、良い人オーラがあふれてる。
 ……ああ、この王子様に死んでほしくない。
 
「で……シトリ殿下。お伝えしたいことが、あります」
「! なんですかっ? なんでもおっしゃってください。僕は王子ですから、多少の無茶ぶりには余裕で対応できると思いますよっ?」

 水色の瞳がきらきらしてる。なんて嬉しそうなの。
 小声で話しながらするナチュラルターンは、だんだんと足が揃ってきている。楽しい。

「シトリ殿下に毒を盛ろうとしている者がいます。先に飲むタイプの解毒薬を用意したので、もしよろしければダンスの後に飲んでください」

 言いながら「シトリ殿下の立場だったら、私が解毒薬と偽って毒を盛る可能性もあって飲むのが怖そう」と思い至る。でも、シトリ殿下は私を信じてくれた。
 
「最後は息が合ってきてよかった」
「高貴で可愛らしいダンスでしたね」

 踊り終えてシトリ殿下が解毒薬を飲む間、貴族たちは盛大な拍手と称賛の声をかけてくれた。すごく気持ちがいい。ダンスって、楽しい。

 パパ、見てた? ――パパを見ると、少し慌てた様子で近寄ってくる。
 
「とても素敵なダンスだったよロザリット。パパは感動した。誇らしかったぞ……!」
 
 最初に褒めてから、パパは深刻な表情をして私に囁いた。

「……本物の娘じゃなくても、君は私の娘だ」

 パパは、ちょっと苦しむような切なそうな顔をしていた。
 どうしたの、と問いかけようとしたとき、魔法の道具で拡声された言葉が会場に響く。

「盛り上がっているところ失礼します! 今宵のメインイベントを始めましょう!」
 
 アークデス・ブリッジボート伯爵だ。
 あれっ? 原作ではこのタイミングでシトリ殿下に毒入りグラスを彼が献上するのに、こっちにきたよ?

「皆さん気になって仕方なかったのではないでしょうか、そこにいるファストレイヴン公爵令嬢のう、わ、さ! もし偽者を本物と偽るのであれば、国王陛下や貴族諸兄を欺くという許されぬ罪です」

 ブリッジボート伯爵の目が獲物をとらえた捕食者の目になっている。

「陛下にご許可をいただき、ここに国宝の『血結び糸』を使用します。この道具は、本来は王室用なのですが、親子の血がつながっているかどうかを確認する道具です。糸の片側を親の親指に、もう片側を子の小指に結び、赤く光れば2者は親子関係にあると証明されます」
 
「おおおおおおおおおっ」

 道具を使えば、一発で真実がわかる。
  
 なるほど、ブリッジボート伯爵はみんなの前で「偽者だ!」と暴くつもりなのだ。

「ロザリット、大丈夫だよ。なにがあってもパパはお前を守るから」

 パパはそう言って私をぎゅっと抱きしめてくれる。

「ははは! 顔色が優れませんねファストレイヴン公爵! 後ろ暗いことがおありですかな!」
 
 ブリッジボート伯爵は勝利を確信した顔で、シトリ殿下にグラスを渡している。
 
 ――その瞬間、ずきりと頭が痛んだ。

「パパ……――あっ……」
「ロザリット?」
「ううん、大丈、夫……」
 
 今の一瞬、濁流のように思い出したのは、「私」の記憶だ。
 前世の記憶、ロザリットの設定として覚えてはいたけど、自分自身の記憶としては忘れてしまっていた記憶。
 それが、今、戻ったのだ。
 
 ……よかった。
 おかげで、私は「設定の知識」としてではなく実感を持って、確信を抱いて、言い切ることができる。
 
 シトリ殿下が「伯爵を止めましょうか?」とアイコンタクトを送ってくるけど、私は首を横に振り、勝利を確信して微笑んだ。

「大丈夫よ、パパ」

 ――私は、()()()()()()()
 
 私は自分から小指を差し出して糸を巻いてもらった。

「さあ、パパも」
「あ……ああ」
   
 パパの親指にも糸が巻かれて――――糸は、ぴかぴかと明るい赤色の光を輝かせた。