3、俺は全力で君を囲い込む

 王子様は、呪われているのです。
 
「呪いについて詳しくお聞かせ願えます……?」
 詳細がよく思い出せないので、わたくしは呪われた王子様……オヴリオ様にきいてみることにしました。
 
 しかし。
「俺も詳しく知らないんだ」
「え、ええ……?」
 オヴリオ様は、首を横に振るのです。わからない、と。
 
「王家も俺が呪われてから発動条件や発動したときの被害などの調査を進めてはいるのだが……なでなで、ポッ、キュン、すき! みたいなことをするとピカッと爆発したりするかもしれない」
「なでなで、ポッ、キュン、すき……当て馬でそれですと、かなり不利ですね」
「そうなんだ。そこで君に助けてほしい」
「どうお助けせよと」

 わたくしは、ぼんやりとした記憶を整理してみました。
 
 まず、わたくしたちは、王立学園に通う学生の身分だった気がしますわ。

 わたくしは、伯爵令嬢のメモリア。
 同志である第二王子オヴリオ様との出会いは、覚えていません。
 
 わたくしがお慕いしているらしき第一王子であり王太子様は、ユスティス様。
 オヴリオ様がお好きなのだという聖女様は、ちょっと身分が低い騎士の家柄のご令嬢。お名前は、アミティエ様でしたかしら。
 ユスティス様とアミティエ様は、すでに恋仲でいらっしゃるような気がします。そんな記憶があるような、ないような。

「困りましたわ。わたくし、ピンときませんの。特に、悪役とか恋愛とか」
 
 特に自分の恋愛に関する部分が、まったく思い出せません。
 記憶がふわふわして、わた雲みたいにつかみどころがありませんの。

 わたくしが首をかしげる間に、オヴリオ様はキラキラと光る銀の指輪を取り出していました。
 そして、それをわたくしの指に填めたのです。

「オヴリオ様。これは、この指輪は……なんです?」
 
 金属の硬質でヒヤッとした感覚が肌に感じられて、一瞬、胸がときめきました。

 殿方から指輪を填めていただくのは、ちょっと特別な感じがしませんか?
 それも、お相手がとびっきり高貴で、匂い立つような気品があって、美形の王子様なのですもの。
 わたくしがドキドキしてしまうのも、自然……ですよね?

「メモリア嬢。記憶がふわふわになって、不安だろう。すまない」
「べ、別に、わたくしの記憶がふわふわなのは、わたくしのせいなのですから。謝られる必要はありませんわ」

 わたくしはコクリと頷いて、隣の椅子を見ました。
 熱い。頬が火照っている感じです。
 意識してしまっている自分が恥ずかしいです。オヴリオ様に気づかれてなければよいのですが。

「ええと、こ、このぬいぐるみは……」
 気を紛らわすように隣の椅子を見て、ふと目に入った存在に、わたくしの口から名前がこぼれました。
 自然に、するりと。
「思い出しました。このぬいぐるみは、ナイトくんですわ」
 
 ナイトくんは、大きな白ネコのぬいぐるみです。
 柔らかな明るい毛がふわふわで、太い手足はぽよぽよした触り心地。
 真っ黒の目はつぶらで、愛嬌があるのです。今は、名前を呼ばれて「なあに」とお返事するみたいに、わたくしを見上げて手をふりふりしています。可愛い。
 まるで生き物のように、ナイトくんは動くのです。

「わたくし、そういえば思い出しましたわ。わたくしがぬいぐるみをああして『生き物みたいに』変えてしまえること。ナイトくんがイタズラをするので、いつも困っているのでした……」

 わたくしには、そんな特別な力がちょっとだけあるのです。
 ぷちゅっとぬいぐるみにキスをすると、生命を吹き込まれたようにぬいぐるみが歩き出したり、踊り出したり。
 聖女だったおばあさま譲りの力なのですわ。

「そうだな。俺とここに来る直前にも、ネコのぬいぐるみが兄の服を脱がそうとしてちょっとした騒ぎになっていた」
「まあ、破廉恥」
 
 ネコのぬいぐるみがユスティス様を襲うだなんて。
 服を脱がせるなんて……破廉恥――なぜそんなことをしてしまいましたの、ナイトくん?

「わたくし、断罪されてしまいますの?」
 わたくしは絶望的な気分でうなだれました。ぬいぐるみを操って王子様を襲っただなんて、今現在のんきに紅茶を味わえているのが不思議なくらいの罪人ではありませんか?

「大丈夫だ、メモリア嬢。その件については俺がもみ消したから」
「まあ。もみ消すだなんて。悪い権力者みたいな響き」
「俺は悪い権力者なんだ」
  
 オヴリオ様の言葉は頼もしくも、ちょっと不穏な感じです。冗談のような、でも本気にも聞こえるような。
 緑色の瞳も、とても綺麗だけれど、なんだか切ないような、苦しそうなような、あまり見ていて気持ちが穏やかではない感情を揺らしているように見えるのです。
 
 オヴリオ様が呪われたのは、3年前だと噂されています。悪い魔女が国王陛下を呪おうとしたとき、その身をていして庇われ、代わりに呪いを受けたのだとか。
 それもあって、オヴリオ様は国王陛下に溺愛されていますが――呪われた身の上は、やはりお辛いのでしょうね。

 わたくしの胸には、むくむくと同情のような感情が湧いてきました。

「明日のパーティでは俺がエスコートするから」
「かしこまりましたわ、オヴリオ様」

 わたくしを見送るオヴリオ様は背が高くて、骨格もしっかりしていて、立派な男性って感じで……頼もしそうな外見なのです。
 でも、不思議と頼りないような、不安定な感じもして、「この方、助けてあげた方がいいのでは」なんて気持ちも湧いてくるのです。

「わたくしが覚えていれば、よいのですけれど」
 
 地に足がちゃんとついていない感覚でわたくしがぽつりと呟けば、オヴリオ様が苦笑してくださるのが……寂しい感じなのです。

「君が忘れても、俺は諦めない。何度でも説明するよ、メモリア」
「そのお言葉、なんだか格好良いですわオヴリオ様。当て馬パワーが高い感じですわ」
「君を全力で囲い込む」
「そのセリフは、悪役っぽいですわ、オヴリオ様」

 ふざける元気があるなら、よかったですわね。
 わたくしは扇を口元にあてて、そっと微笑みました。

「あと俺は君のこと別に好きじゃないからそこだけよろしく」
「あっ、はい」
「でも、仲良くしたいとは思っている。嫌われたくはない」
「ふ、複雑ですわね」

 オヴリオ様は念を押すように、「次は君の番」とわたくしにも例のフレーズを言わせました。
 
「わたくし、あなたのことが好きではありませんわ」

「……」
 
 すると、整った顔立ちが、またなんとも悲しそうに歪むではありませんか。
 あなたが言わせたのでしょうに。本当に変な王子様です……。