第一印象は、しんどそうだなって思った。

私の目線の先にいる男の子、八雲蓮くん。
サッカー部のエースで生徒会長、成績はいつも学年1位、おまけに顔も良くて高身長。
いろいろな肩書きがありすぎてしんどそう。

まさに学園の王子様な彼を女子がほっとく訳がない。
彼が動く度に黄色い声があがる。
私とは住む次元が違う。

なぜそんな高嶺の存在の八雲くんが目の前にいるのか。

遡ること数分前。

演劇部に所属している私は、部活が終わってからも次の公演に向けての練習をしていた。

「なんだ、神代まだいたのか。」

後ろの方から声が聞こえて振り返ると顧問の山本先生がいた。

「もうその辺にしといたらどうだ、練習しすぎると本番に支障をきたすぞ。」

戸締りして部室の鍵を職員室に持ってくるようにと付け加えて山本先生は部室を出ていった。

部室にある時計を見ると針は18時40分を指していた。

「思ったより時間進んでたな。」

演技に夢中になりすぎてこんなに時間が過ぎているとは思わなかった。
窓の鍵が閉まっているかと他の部員の忘れ物がないかを確認して部室の鍵を閉めた。

職員室にまで鍵を持って行き、帰ろうと廊下を歩いていると数メートル先の階段で座り込んでる人を見つけた。
体格的に多分男子。

困っているのかもしれない。そう思った私はその座り込んでる人に駆け寄った。

「あの、大丈夫ですか?」

私の声に反応してその人は私がいる方向へと振り返った。
真っ黒な髪にまるで宝石のサファイアのような瞳。
八雲蓮だ。

「君、は。ああ、演劇部の」

八雲くんは一瞬戸惑ったような、焦ったような表情を見せたがすぐに納得した表情を見せた。

「はい。演劇部の神代狼愛です。」

「かみしろろうあ…。新入生歓迎のやつ見たよ。皆、君の演技に釘付けだったね。」

多分、八雲くんが言ってるのは毎年演劇部が新入生のお祝いと称して開催する学内公演のことだ。

「ありがとうございます!初めての演技だったので、そう言ってもらえて嬉しいです。」

こうやって面と面向かって褒められると少しむず痒い。

「えっと、八雲くん?ですよね、何してるんですか?」

「同級生だろ、タメでいいよ。俺は鍵、サッカー部の鍵を返しに来た。」

八雲くんは手に持ってる鍵をチャラチャラと鳴らした。

「そっか、サッカー部ってこんな遅くまで練習してるんだね。お疲れ様。」

「それを言うなら君もだろ。グランドから演劇部の部室が見えるんだ。俺が部室の戸締りをして職員室に行く時にまだ明かりが見えた。」

お互い大変だな。と八雲くんは少し笑みを浮かべた。
それから八雲くんと私は少し話した。
部活のこと、夏休み前の期末テストのこと、嫌いな先生のこと。
たわいもない学生の世間話。

前に一度、八雲くんと話したことがある。
あれは確か、部活ミーティングみたいなやつ。
各部活の部長と副部長が集まって話し合いをする、試合や発表がない比較的暇な時期を共有し合って困った時は助けましょう!みたいな集まり。

その時、少ししか話していないのに違和感を覚えた。
なんていうか、八雲くんと話せば話すほど遠ざけられてる、気がする。
遠ざけられてるというか線をひかれた感じ。
自分のテリトリーはここだからこれ以上踏み込んでこないでね。と言われている気分になる。

あれ以来、私は少し、ほんの少しだけ八雲くんが苦手だった。

でも今日は少し違った。
前話した時にひかれた線がぼやけてる感じがした。

「ふふ、八雲くんって面白いね。ちょっとイメージ変わった。」

「変わったって前はどう思ってたんだよ?」

「あ!え!わ、悪い意味じゃないよ!?実は、私八雲くんのこと苦手だったんだよね。」

「…。」

「前に話した時に、あーこの人苦手なタイプだーって思ってて…でも!今日話してみてイメージ変わった。八雲くん話面白いね!」

「そうか。あー、鍵。鍵返してくるから待ってて。」

急に立ち上がったと思ったら職員室の方へと走っていった。
私は「え、あ、うん。」と気の抜けた返事をして八雲くんの背中を見送った。
ポケットからスマホを取り出し時間を確認すると19時45分を表していた。
随分と話し込んでいたらしい。

私は家族に、今から帰る。と連絡を入れて八雲くんが帰ってくるのを待った。